どうも。
記事を書こうと思って、ほかの人の記事を読む。説明が分かりやすくて、見出しの流れもきれいで、「こういうふうに書けたらいいな」と思う。
でも、自分の下書きに戻ると、ちょっと気になるんですよね。
「この順番で書いたら、パクリになるのかな」
「自分の言葉に直せば大丈夫なのかな」
考えているうちに、参考記事を読むこと自体が怖くなってしまう。
ただ、文章を学ぶたびに、説明の順番まで全部自分で発明しなければいけないとしたら、なかなか大変です。
では、どこを参考にして、どこから自分で考えればいいのか。書くときに迷いやすい場面から、順番に整理してみます。
①「悩み→理由→解決策」という順番も、真似してはいけないんですか?
たとえば、「朝の勉強が続かない」という記事を読んだとします。ここからは、説明のための架空例です。

その記事は、こんな順番で書かれていました。
- 朝、勉強しようとしても起きられない場面。
- 続かない理由。
- 試せる対策。
- 明日の朝にやること。
読み終わって、「最初に困っている場面を出すと、自分の話だと思ってもらいやすいんだな」と気づいた。
この気づきは、自分の記事にも使えます。
「困っている場面を示す→理由を説明する→対策を紹介する→最初の行動を決める」という一般的な説明の型は、いろいろなテーマで使われるものです。こうした型を参考にするのは、自然な学び方です。
ただ、ここで一緒に持ってこないほうがいいものがあります。
その人が考えた特徴的な見出し。その人ならではのたとえ話。読者を驚かせるために組み立てた、独特の展開です。
「見出しがどんな役割を果たしているか」を学ぶことと、見出しそのものを写すことは、分けて考えます。
参考にした見出しが、読者の不安を代弁しているなら、自分の記事でも読者の不安を考えてみる。そこで使う言葉は、自分の記事の内容に合わせて書きます。
「構成だから何でも借りていい」という話ではないんですね。具体的な表現や組み立てまで近い場合、構成という名前をつけただけで安心はできません。
では、見出しや本文の言葉を変えれば、それで十分なんですかね?
②言葉を変えたのに、なぜ元の記事と似たままなんですか?
たとえば、参考記事を横に開いたまま、一段落ずつ書き直したとします。

「大切です」を「重要です」に変える。「僕」を「私」に変える。具体例に出てくる場所も、カフェから図書館に変える。
それでも、主張する順番、紹介する方法、具体例の中で起こることまで同じなら、記事の中身はあまり変わっていません。
これ、書いている側は結構頑張っているんですよね。全部そのまま使ったわけではないし、言葉も選び直しています。
ただ、その作業の間、考えているのはずっと「元の文章をどう変えるか」です。「自分の読者に何を説明するか」を考える時間が、ほとんどありません。
ここが、参考にするときの落とし穴です。
一般的な助言が重なることはあります。同じテーマなら、必要な説明が似ることもあります。
でも、同じ話を、同じ例で、同じ順番に説明し続けているなら、一度立ち止まったほうがいい。
確認したいのは、「何文字変えたか」ではありません。
「自分の読者には、なぜこの説明が必要なのか」を、自分で説明できるかです。
たとえば、参考記事には三つの対策があっても、自分の読者には最初の一つだけで十分なら、そこを詳しく書けばいいんです。逆に、参考記事で触れていない不安があるなら、その説明を足します。
読者に合わせて考えると、残す内容も、削る内容も変わります。
ただ、ここまで聞くと、今度は別の不安が出てきますよね。
「自分には、その人みたいに書ける経験がないんだけど」と。
③参考記事ほど立派な体験がなくても、書けることはあります
自分の体験というと、何かを達成した話や、失敗を乗り越えた話を用意しなければいけない気がします。

でも、記事の材料になるのは、それだけではありません。
説明を読んでも分からなかったこと。勧められた方法を試さなかった理由。相手には小さなことでも、自分には嫌だった出来事。そういう話にも、自分の判断が含まれています。
僕は以前、長く付き合っていて、お金がないときには貸していた相手に、飲み屋で「金づる」と言われたことがあります。その場でお金を払って帰り、あとから謝られましたが、もう相手にしませんでした。
仮に、この経験を人間関係の記事に使うとします。
参考記事が「話し合えば関係を修復できる」という結論だったとしても、僕の話まで同じ結論にする必要はありません。実際に選んだのは、付き合いを戻さないことだったからです。
むしろ、「謝られたあとも、関係を戻したくない場合はどう考えるか」という疑問を扱えます。
参考記事と違う部分にも、書けることがあるんですね。
あなたが記事を読んで、「自分の場合は、ちょっと違ったな」と思ったなら、その違いを消さずに書き出してみてください。
どこまでは納得したのか。どこから事情が違ったのか。自分は何を選び、その理由は何だったのか。
そのうえで、読む人が何を判断するときに役立つ話なのかを考えます。体験談を入れること自体を目的にしなければ、記事が自分の話だけで終わることも避けやすくなります。
では、実際の執筆では、どの順番で進めればいいのか。僕なら、次のようにします。
④参考記事を開いたまま、最初の一文を書こうとしていませんか?
参考記事から学ぶときは、「読む作業」と「自分の記事を書く作業」を、一度分けてみてください。

1.自分の記事で答える質問を、一つ書きます。
たとえば、「記事を書き始めたけれど、最初の一文で止まってしまう。何から書けばいい?」という質問です。
「文章について書く」より、必要な説明を選びやすくなります。
2.参考記事から、説明の役割を読み取ります。
見出しをそのままコピーする代わりに、「ここで悩みを具体的にしている」「ここで例を出している」「ここで反論に答えている」とメモします。
ほかの記事も読むと、よく使われる型と、その人独自の工夫を比べやすくなります。複数読めば自動的に安心、ということではありませんが、一人の書き方を唯一の手本にしなくて済みます。
3.参考記事を閉じ、自分の材料を並べます。
最初に書いた質問に対して、何を答えられるかを考えます。
実際に困った場面。試したこと。うまくいかなかった条件。まだ分からないこと。これから試してほしい、自分なりの提案。
体験したことと、今考えた提案は分けて書きます。提案を、実際に成功した方法のように見せる必要はありません。
4.自分の読者に必要な順番で、下書きを作ります。
参考記事では理由から説明していても、自分の読者がすぐ手順を知りたいなら、手順から始めてもいいんです。
一般的な型は使いつつ、具体的な見出しや説明の順番は、自分の記事に必要な理由で決めます。
5.書き終えてから、元の記事と見比べます。
特徴的な見出しが残っていないか。同じ具体例を言い換えただけになっていないか。独特の展開を、そのままなぞっていないかを確認します。
重なりが大きければ、単語をさらに変えるより、最初の質問に戻って組み直します。
この手順は、自分の内容を考えるための方法です。元の記事を閉じて書いたことだけで、利用上の問題がなくなるわけではありません。最後の比較まで行ってください。
そして、もう一つ。参考にしたことを、どう示すかも考えておきます。
⑤「参考にしました」と書けば、どこまで使ってもいいんですか?
参考にした記事名やURLを載せることは、何を手がかりに考えたのかを読者に伝える助けになります。

特定の記事から考え方を学んだなら、そのことを説明する。自分が考えたように見せないためにも、大切な対応です。
ただ、出典を書くことと、その文章を使ってよいことは別です。
「参考にしました」と添えても、本文や見出しを自由に持ってこられるわけではありません。
文章そのものを引用する必要がある場合は、自分の本文と明確に区別し、出典を示すことなど、引用の条件を確認してください。出典さえ書けば成立する、と考えないことです。
また、著作権上どう扱われるかと、読者から「この人の記事によく似ている」と受け取られるかも、同じ問題ではありません。
だから公開前には、少なくとも次の点を見直しておきます。
- 特徴的な言い回しや見出しを、そのまま使っていないか。
- 同じ具体例や独特の展開を、言葉だけ変えて使っていないか。
- 他人の体験・調査・発見を、自分のものとして書いていないか。
- 参考にした考え方や引用について、必要な出典を示しているか。
判断に迷う特徴的な箇所は、無理に使わず、自分の記事の質問から作り直す。どうしてもその表現を使いたいなら、利用条件や許可を確認する。
「似ていると言われないように、うまく隠す」という方向で頑張らないことです。
最初は、うまい人の記事を読んで、「この順番なら分かりやすいんだな」と学んでいいんです。そこから、自分の読者に必要な説明を考え、自分の体験や言葉で書いていけばいい。
次に参考記事を読んだら、見出しをコピーする前に、「この記事が分かりやすかった理由」を一文だけメモしてみてください。
そして記事を閉じ、自分が答えたい質問を書いてみる。
学んだ型を、今度は自分の読者のために使う。その順番で、一本書いてみてください。






















