凡人再起動ログ
全10話
会社を休んで、そのまま辞めた。30歳から31歳、2012年から2013年にかけての話だ。
でも今日したいのは、診断書の話でも、満員電車の話でもない。その「後」に起きたことだ。
7000時間、同じ人の声を聴き続けた。そう言うと、たいてい引かれる。

01自由という名の、無人島
休み始めて、最初の数日。僕は、休めば楽になると思っていた。ところが、来たのは安らぎじゃなかった。
朝、目が覚める。行く場所が、ない。昨日も、今日も、たぶん明日も、何もない。
布団の中で天井を見ていると、おかしな感覚に襲われる。自由なはずなのに、まるで無人島に流れ着いたみたいだった。四方が海で、声が届く相手が一人もいない。
平日の昼に、家の前を子どもが走っていく声がして、宅配の車が止まって、また走り出す。世界はちゃんと回っているのに、その中で僕だけが、ぽつんと取り残されている。
自由って、こんなに怖いものだったのか。
「贅沢な悩みだろ」と思うかもしれない。僕もそう思おうとした。でも、行き先のない人間にとって、有り余る時間は薬じゃない。毒だ。
このままだと溶ける。そう本気で思った夜があって、その無人島で、僕が最初にやったことは、たった一つだった。
02イヤホンを、耳に入れた
金をかけた勉強は、できなかった。資格の学校に通う余裕も、教えてくれる人脈もない。できることといえば、家にあるスマホと、安物のイヤホンだけ。半分やけくそで、それに賭けるしかなかった。
きっかけは些細なことだ。たまたまYouTubeで、ある人がしゃべっている音声が流れてきた。内容はよく覚えていない。覚えているのは、その人の言葉が、僕の使っている言葉とまるで違う種類のものだったことだ。
僕の頭の中は、「どうせ」と「でも」でできていた。その人の言葉には、それがなかった。同じ日本語なのに、流れている血が違う。
なら、その血を、自分の頭に流し込めばいい。
そこから、僕は壊れた。いや、壊れにいった、が正しい。朝、目が覚めたらイヤホンを入れて、歯を磨きながら聴いて、飯を食いながら聴いて、歩きながら聴いた。
風呂でも聴いて、寝る前も耳に入れたまま目を閉じた。音量を一段上げると、耳の奥が詰まる。鼓膜に圧がかかって、熱を持つ。外すと耳の穴がじんじん痛んで、まだイヤホンの形が残っている気がした。
03量で、殴った
声だけじゃなかった。金がなかったから、古本屋にも通った。100円コーナーの、黄ばんだビジネス書を、貪るように立ち読みした。
店に入ると、紙と埃の混ざった匂いが先に鼻に来る。ページの端は、前に読んだ誰かの手垢で少し黒くて、折り目も残っている。誰かがここで学んだ跡だ、と思った。
情報の価値は、いくら払ったかじゃない。どれだけ必死に吸収したかで決まる。
学ぶ場所がない、教えてくれる人がいない、金がない——全部、言い訳だった。
最初の頃は、体が拒否した。誰かの考え方を一日中流し込まれるのは、思っている以上にきつくて、脳が「やめてくれ」と悲鳴をあげる感じがあった。
それでも止めなかった。止めたら、あの「どうせ」と「でも」の世界に、また落ちていく。それだけは、嫌だった。
生半可な量じゃ、染み付いた常識は剥がれない。だから、量で殴った。積み上がった時間は、後で数えたら7000時間を超えていた。
04反射が、変わった
ある日を境に、自分の口から出る言葉が変わっていた。「どうせ無理だ」と言いかけて、止まる。止まって、別の言葉を探している自分がいる。
たとえば、誰かに嫌味を言われたとき。昔の僕なら、その場で固まって、家に帰ってからも何時間も引きずっていた。それが、ある時から、受け流せるようになっていた。「ああ、この人は今、機嫌が悪いんだな」。そう思える隙間が、自分の中にできていた。
これは、知識が増えたという話じゃない。反射が、変わったんだ。判断の手前にある、考える前の「クセ」そのものが、別物になっていた。
「どうせ」「でも」の頭
理由を外側に探す
声を浴び続ける
拒絶→模倣→定着
反射が変わった頭
考える前のクセが別物に

05環境は変えられなくても
ここで、君に勘違いしてほしくないことがある。
環境を変えろ、とよく言う。住む場所を変えろ、付き合う人を変えろ、と。それも分かるけど、僕にはそんな金も、つてもなかった。
僕にできたのは、自分の耳に入れる声を変えることだけだった。脳に何を流し込むか。その入力だけは、金がなくても、今日から変えられる。
住む場所、付き合う人
金も、つても、時間もいる
脳に流し込むものを選ぶ
スマホとイヤホンだけ
人は、誰の声を入れ続けるかで、作り替わる。
環境のせいにしているうちは、何も始まらない。変えられるのは、いつだって入力の方だ。
06ただし、これは劇薬だ
一つだけ言っておきたい。これは、劇薬だ。
誰かの声を一日中浴び続けるのは、考え方を移植されるのと同じだ。入れる声を間違えれば、それはそのまま、洗脳になる。間違った声を7000時間浴びれば、間違った場所に、同じだけの精度で連れていかれる。
だから、誰の声を入れるかは、ランキングでも、フォロワー数でもなく、君の直感で選んでくれ。「この人の言葉は信じられる」「この声なら、自分の脳に流し込んでもいい」。理屈じゃなく、そっちに引っ張られる感覚がある人。その直感だけは、誰にも預けないでほしい。
成功者の手法を、表面だけ真似ても変わらない。「あの人がやっていた」と形だけなぞっても、何も起きない。変わるのは、その人のものの見方が、自分の反射になるまで浴びた時だけだ。
なぁ、今でも忘れない。あのイヤホンの圧迫感。鼓膜の痛み。古本屋の埃っぽい匂いと、100円の札。7000時間、流し続けた、あの狂気を。
会社を辞めた後の僕は、無人島にいた。でも、その無人島で、僕は誰の声を聴くかを、自分で選んだ。そうして気づいたら、もう元の島には戻りたく、なくなっていた。
準備は、できた気がしていた。この新しい頭で、次は外に出る番だった。——もっとも、そこからまた別の地獄が待っているなんて、その時の僕は知らなかったけど。
07君は今、誰の声を入れてる?
ここまで読んで、君は今、こう思っているはずだ。「で、自分は今、誰の声を入れてるんだ」と。
それでいい。その問いが浮かんだなら、もう半分は始まっている。
まず、耳に入れる声を一つ、選んでみよう。脳に流し込むものを、自分の手で選ぶ。それだけは、今日からタダでできる。
あせらなくていい。
そこから、ゆっくり、一緒にやり直せる。
