SNSを開く。同期は昇進、同業はバズって、知り合いはキラキラした報告ばかり。スクロールするほど、自分だけが置いていかれている気がして、胸が重くなる——そんな君へ。落ち込むのは、君がダメだからじゃない。比べるための物差しを、他人に握らせているだけだ。
SNSを閉じたあとの、あの重さ
夜、なんとなくスマホを開く。気づけば30分、人の活躍を眺めている。そして、そっと閉じる。
残るのは、なんとも言えない重さだ。「自分は、何をやってるんだ」。あの感覚に、覚えがないか。
同期の昇進報告。後輩のバズ。見るつもりもなかったのに、指が止まって、しばらく動けなくなる。そんな夜だ。
でも、思い出してほしい。その重さは、アプリを開く前には無かった。誰かと並べて見た瞬間に、急に湧いてきたものだ。
君が落ち込むその物差しは、誰が作った?
フォロワーの数。年収。肩書き。キラキラした毎日。君が自分を測っているその目盛りは、いったい誰が決めたものなのか。
少なくとも、君じゃない。世間が、SNSが、勝手に並べた基準だ。そして、その物差しは、君の人生に一切の責任を取ってくれない。
他人が作った目盛りで自分を測れば、誰だって足りなく見える。上には、いつでも誰かがいるからだ。終わらないレースに、自分から並んでいる。
僕も、劣等感のかたまりだった
偉そうに言っているが、僕はずっと、自分に自信がなかった。

昔の僕は、劣等感のかたまりだった。自己評価も低くて、人と比べては勝手に落ち込んでいた。一度は大きく稼いだのに、それも全部失って、誰かと比べたら、どん底もいいところだ。でも、底まで落ちて気づいた。比べる相手を変えない限り、何を手に入れても、足りないままなんだと。
物差しを、自分の手に持ち替える
だから、やることは一つだ。他人が握っている物差しを、そっと自分の手に取り戻す。
フォロワー。年収。肩書き。キラキラ投稿。世間が勝手に決めた目盛り。
どれだけ這い上がったか。誠実か。燃えているか。誰かの役に立ったか。君が決める目盛り。
比べるのをやめろ、とは言わない。比べる相手を変えるだけでいい。他人とじゃなく、昨日の自分と。今日のほうが、ほんの少しでも前に進んでいれば、それで勝ちだ。他人の物差しは、今日そっと置いていい。
僕も、借金を返していた頃は、昨日より少しでも多く返せた日を「勝ち」にしていた。他人の年収を眺めている余裕なんて、どこにもなかった。
今日、誰かに少し優しくできた。先延ばしにしていたことを、ひとつ片づけた。それだけで、君は昨日の君を超えている。数えるべきは、その小さな前進のほうだ。
最初の重さに戻ろう。君が落ち込むのは、心が弱いからじゃない。ただ、測る道具を、長いあいだ他人に貸しっぱなしにしていただけだ。
よくある不安
Q. 比べるのをやめたら、成長が止まらない?
逆だ。他人と比べる成長は、相手次第でブレる。でも「昨日の自分」と比べる成長は、ぶれない軸になる。止まるどころか、いちばん遠くまで連れていってくれる。
Q. どうしてもSNSで比べてしまう時は?
無理に見ないようにしなくていい。ただ、流れてくるのは相手の「いちばん良い瞬間」だけだと思い出す。君は、自分の舞台裏まで全部知っている。比べる土俵が、そもそも違うんだ。
じゃあ、今日。君はその物差しを、まだ誰の手に置いたままにしている?
人と比べて、眠れなかった頃の君へ
誰かの報告を見るたびに、自分だけ取り残された気がしていた君へ。あの重さは、君の値打ちが低いからじゃない。ただ、他人がつけた点数を、自分の点数だと思い込んでいただけだ。
今日から、採点者を交代しよう。君の人生の点数をつけるのは、君だ。昨日より半歩でも進めたら、ちゃんと丸をつけていい。一緒に、その物差しを取り戻そう。
― 藍沢












