第2話|その点数、誰がつけたか考えたことある?

第2話
凡人再起動ログ
全10話

君は今、自分に何点をつけている。年収、肩書き、家族、住んでいる場所。頭の中で、勝手に合計点が出てしまう。

その点数、誰がつけたか考えたことがあるだろうか。

僕にも、その点数に押しつぶされて、うずくまっていた時期がある。今日は、その話をしたい。

同窓会の賑やかな輪の端で、一人うつむく男

01行きたくなかった同窓会

世の中は、リーマンショックのあと。「派遣切り」という言葉が、毎日のようにニュースで流れていた。誰もが、自分の番号がいつ呼ばれるかと、息をひそめていた頃だ。

そんな時期に、同窓会の案内が来た。行きたくなかった。少し前にmixiで何人かの近況を見て、胃が重くなっていたからだ。

「課長に昇進しました」「マイホーム購入!」。画面の向こうで、みんなが前に進んでいた。僕だけが、足あとを残すこともなく、止まっていた。画面を閉じても、その近況がしばらく頭から消えなかった。

それでも行った。断ったら「逃げた」と思われる気がして、断れなかった。

02ぬるいビールと、端っこの席

会場は、駅前の安い居酒屋。ドアを開けると、もう焼き鳥の煙が立ちこめていた。

「課長になってさ」「家、買ったんだ」「子どもが生まれて」。みんな声が大きい。笑うと机が揺れる。

僕は輪の端で、相づちのタイミングだけを探していた。枝豆をつまむふりをして、手だけを動かしていた。昔話のときだけは、自然に笑えた。でも、その時間は短い。すぐにまた「今」の話に戻る。どこの会社か。役職は。給料は。知らない数字が飛び交って、そのたびに置いていかれた。

テーブルの上の、自分のグラスを見る。最初はあった泡が、いつのまにか消えていた。口をつけると、苦い。泡がないぶん、喉を通るのが重い。泥水を飲んでいるみたいだった。

俺、何もないな。
課長でもない。家もない。胸を張れる「今」が、僕には何ひとつなかった。

そんなときに、不意に名前を呼ばれた。「そういえば、お前は今、何してるの?」。全員の視線が、一気に僕に集まる。喉が、張りついた。

「……普通の、会社員だよ」。やっと絞り出した声は、自分でも情けないほど小さかった。「へえ」。それだけで、会話はもう別の場所へ流れていった。僕という存在が、最初からなかったみたいに。

それでも僕は笑っていた。笑うところで笑う。ただ、声が少しだけ遅れる。口の端を上げる。その上げ方が、やけに固い。

——また、演じてる。

そう気づいた瞬間が、いちばん惨めだった。席を立つのも目立つ気がして、できなかった。結局、最後まで端っこで笑っていた。

帰り道、夜風が火照った頬に冷たかった。自分の靴の音だけが、やけに大きく聞こえる。ポケットの中の手が、汗で湿っていた。「俺は、何やってんだ」。その夜、僕は本気で、自分の人生を呪った。

君にも、行きたくない集まりがある。同窓会じゃなくてもいい。親戚の集まり、ママ友の輪、SNSのタイムライン。開いた瞬間に胸が重くなって、自分だけが置いていかれている気がする場所。あの感覚に、覚えがあるんじゃないか。

03惨めの正体は、他人の採点表

あの夜、僕がここまで惨めだった理由。長いあいだ、「金がないから」「肩書きがないから」だと思っていた。違った。

惨めだったのは、僕が「他人の採点表」で、自分を採点していたからだ。

年収。役職。家。子ども。あれは全部、誰かが「これが幸せだ」と決めた採点項目だ。僕はその表を勝手に持ち出し、自分に低い点をつけ、ひとりで落ち込んでいた。

——でも、年収はわかりやすい指標じゃないか。そう思うかもしれない。たしかにわかりやすい。わかりやすいから、みんなそれで比べる。なら、考えてみてほしい。その採点表を作ったのは、誰だ。君じゃない。

この話の核心

その点数で君がどれだけ落ち込もうと、表を作った相手は、何の責任も取らない。
誰かが勝手に問題を作り、勝手に採点し、勝手に順位を決める。なのに僕らがその点数で胃を痛めても、出題者は「知らないよ」と肩をすくめるだけだ。

そんなテストのために、何年も自分を削る理由が、どこにある。

04相手の表紙と、自分の全ページ

それに、あの夜の僕が比べていたものの正体を、今ならこう言える。僕が見ていたのは、みんなの「いちばんいいところ」だけだった。

課長になった話はするが、その裏でどれだけ頭を下げたかは話さない。家を買った話はするが、35年ローンの重さは口に出さない。子どもの自慢はするが、夫婦で何を諦めたかは飲み込んでいる。

相手の「表紙」

課長・家・子ども
うまくいった部分だけ

=そこしか見せない
VS
自分の「全ページ」

失敗も迷いも、
うまくいってない全部

=これと比べていた

みんなが食卓に並べた「うまくいった部分」と、僕が握りしめていた「うまくいっていない自分の全部」。それを並べて、点をつけていた。相手の表紙と、自分の全ページ。勝てるわけがない。そもそも、勝負になっていなかったんだ。

05物差しが、増えただけ

学生の頃は「成績」で比べられた。社会に出たら「年収」と「会社名」で比べられた。そして今は、フォロワーの数といいねの数がある。

学生成績・偏差値
社会人年収・会社名
いいね・フォロワー
24時間、手のひらの中

採点表の種類が増えて、しかも24時間、手のひらの中で光っている。僕らの頃は、惨めになりたければ同窓会まで行く必要があった。今は、スマホを開くだけでいい。物差しが増えただけだ。僕らはずっと、誰かが用意した同じゲームの上で、点を競わされている。

そのゲームは、降りていい。ただ、すぐには降りられない。周り全員が同じ物差しで競っていると、ひとりだけ降りるのは負けを認めるみたいで怖いからだ。僕も長いこと、そう思っていた。

それでも降りる気になれたのは、あの同窓会の惨めさがあったからだ。あのぬるいビールの苦さ。喉に張りついた、あの感覚。惨めさは、飲み込めば毒で終わる。でも、あの夜の悔しさは、結局あとの僕を動かす火種になった。

街を背に、一人で自分の道を歩く後ろ姿

今の僕は、もう、同窓会で誰かと自分を比べない。すごい人間になったからじゃない。「比べる土俵」から、降りただけだ。

判断の基準を、外から内へ戻した。他人がどう思うかじゃなく、自分が今日どうしたいか。年収が上がったかじゃなく、昨日の自分より少しでも前に進めたか。たったそれだけのことだった。

不思議なもので、降りた瞬間、まわりの人を素直に「すごいな」と思えるようになった。妬みが、尊敬に変わった。あのぬるいビールの味も、もう惨めさの味じゃない。「よく、あそこから抜けたな」と、自分をねぎらう味に変わっている。

06その点数、誰がつけた?

だから、君に問いを一つ、渡しておきたい。

今、君を苦しめているその点数は、いったい誰がつけた点数だろう。上司か。親か。同級生か。手のひらの中で光る、顔も知らない誰かか。その採点者は、君の人生に、ひとかけらの責任も取らない。

君は、その低い点数に、これまで何度傷ついてきただろう。僕も、数えきれないほど傷ついた。でも、あの点数は、君の本当の値打ちとは何の関係もなかった。

君に、問いを一つ

正体さえ見えれば、もう半分は終わっている。名前のわかった採点表は、思っているほど怖くないからだ。すぐに破り捨てなくていい。降りるのは、怖くて当然だ。

だから、一緒に降りよう。僕も、そうやって、ぬるいビールの味を変えてきた。