売るために、自分を売り込まなくていい。|無言起業
凡人再起動ログ 全10話・完結

K.藍沢が、二度ゼロから立ち上がるまでの全記録。転んで、また立った、不格好な足跡の話だ。

転落① 転落② 上昇① 上昇②
二度の転落二度の上昇 2度目は、もっと深く。そして、もっと高く。
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売上ゼロは本当にゼロなのか——0.9という数え方

0か1しかない物差しで測っていませんか

ゼロ、という言葉は強いですよね。

売上ゼロ。問い合わせゼロ。反応ゼロ。数字の欄にゼロと書いた途端、その手前でやってきたことまで、まとめて無かったことになるような感じがします。少なくとも字面の上では、そう見えます。

発信でも商品作りでも、少し始めてみたけれど、まだ一件も売れていない。そういう状態を「まだ何も起きていない」と数えている人がいるとしたら、その数え方について、僕は少し違う意見を持っています。売上が出ないなら始めても意味が無い、と思って手が止まっている人にも、たぶん同じ話になります。

物差しが一本しかない

売れたか、売れていないか。

始めたばかりのころは、手元にこの一本の物差ししか無いことが多いんじゃないかと思います。売上が出れば進んだ、出ていなければ進んでいない。分かりやすいですし、間違ってもいません。お金が入るかどうかは、たしかに大事です。

ただ、この物差しには困った性質が一つあって、目盛りが0と1しか無いんです。途中が無い。最初の一件が来るまでは、何をしていても、読める数字はずっと0のままです。

黒い背景の上に、細かい目盛りが刻まれた黄色い巻尺が横一直線に伸びている。
目盛りが0と1しか無い物差しでは、途中が読めません。

0のままの期間が長くなると、自分を疑いたくなるのは分かります。物差しがそれ一本なら、他に読める数字が無いわけですから。「向いていないのかな」「そもそも売れるものなんて自分には無いのかな」と、物差しの方ではなく自分の方を疑い始めても、不思議はありません。

でも、本当に何も起きていないのでしょうか。

0と1のあいだで起きていること

最初の一件が来る前に何が起きているのかを、順番に見てみます。

顔を出して講座やセミナーをやっている人を、あれは別世界だと眺めていて、それでもある日「顔を出す形でなくても、自分にも同じことができるんじゃないか」と、ほんの一瞬でも思ったことがあるなら、それが最初の段です。成功ではありません。ただの気づきです。でも、その一瞬に心当たりがあるなら、その時点で、あなたはもう0ではないんじゃないでしょうか。

上から見下ろした足元。革靴を履いた人が、苔の生えた石段の途中に立っている。
最初の一件が来る前にも、段はあります。

次に、自分の中に人へ渡せるものがあると分かる段があります。持っている知識や経験のうち、誰かの役に立ちそうなものを一つ見つける。それを文章なり動画なりの形にする。ここまでは、自分の机の上だけで進められる話です。

そして、出す。

ここが大きいんです。出す前と、反応の見える場所に出した後とで、悩みの種類が変わるからです。

出す前の不安は、どう転んでも頭の中にしか置き場がありません。まだ誰も見ていないので。例えば「こんなもの誰が読むんだろう」「変だと思われないか」「もっと詳しい人がいるのに」。これは想像なので、いくら考えても答えが出ません。出した後の不安は違っていて、「読まれた数が少ない」「途中で読むのをやめられている」「買う前の案内までは来るのに、その先に進まない」のように、実物の反応の中にあります。不安であることは同じなんですけど、後者は次に何を直すかの材料になる。想像は直せないけれど、実物は直せます。

出す前の不安

頭の中にしか置き場がない。想像なので、いくら考えても答えが出ない。

VS
出した後の不安

実物の反応の中にある。次に何を直すかの材料になる。

ただ、これには条件が一つあって、何を試したのかが自分で分かる大きさで出していること。作ったものを一度に全部出して反応が無かった場合、どこを直せばいいのかが分からないので、材料になりにくいんです。小さく出す、というのは、こういう意味でも効いてきます。

想像は直せないけれど、実物は直せます。

それから、もう一つ。「反応が無い」と「反応を受け取れる状態にある」は、別のことです。

出す前は、反応が無かったのではなくて、反応が来る場所そのものが無かった。反応の見える場所に出した後は、来る場所がある。今日の反応が0だとしても、その0が読めること自体が、出す前には無かったものです。

決められないものを、唯一の物差しにしない

最初の一件は、自分の手だけでは決められません。相手がいる話だからです。こちらが書けるのは案内までで、読んで買うかどうかを決めるのは向こうです。

決められないものを唯一の物差しにしてしまうと、決められるもの——出したか、反応を受け取れる場所があるか、一箇所でも直したか——まで目に入らなくなります。これが一番もったいないと、僕は思っています。

なんで0.9なんていう半端な数字を持ち出したかというと、この話をするためです。売上の欄が0でも、出せて、反応を受け取れて、直せるところまで来ているなら、それは0ではなくて、1のすぐ手前です。無言起業——顔を出さず、人前で話さずに売る僕のやり方——では、ここまでを一つの大きな到達点として扱っています。

そこから1になるとき、何が変わるか。最初の一件が来ると、「できるかもしれない」が「本当にできた」に変わって、自分に向ける問いが「自分にできるのか」から「どう伸ばすか」に変わります。これは大きいんです。ただ、その一件がいつ来るかは、来るかどうかも含めて、僕には約束できません。

念のため書いておくと、0.9で満足しろ、という話ではありません。最初の一件は目指してください。そのうえで、手前の段を「何も起きていない」と数えるのはやめましょう、という話です。

もう一つ。直せば必ず良くなる、とも言いません。直したつもりで悪くなることもありますし、読みが外れることもあります。それでも、直して悪くなったと分かる、というのは、出す前には手に入らなかった情報です。

顔を出さなくても、ここまでは作れる

「それは顔を出して発信している人の話で、自分には関係ない」と感じる人がいるとしたら、そこは違います。

0.9の状態を作るのに、顔も、人前で話す場も要りません。案内と販売ページが文章で書かれていて、読んだ人が次に進める場所(案内から販売ページへ)があれば、顔を出さなくても、出す・受け取る・直す、は回せます。売上以外の物差しは、顔を出す人のためだけにあるものではないです。

僕自身、顔を出していませんし、人前で話す形にもしていません。方針でもあり、性格でもあります。人見知りで、電話が苦手なので。案内も販売ページも文章で、買う前に僕と話す場面はどこにもありません。それでも、出したものの反応は数字で見えていて、それを見て次に何を書くか、どこを直すかを決めています。反応を見て直す作業はAIと一緒にやっていますが、何を直すかを決めるのは僕です。

売上の欄が0でも、次に直すところが一つ見えているなら、あなたはもう前に進んでいます。そこから先の一件は、僕には約束できない。でも、そこまでは、自分の手で作れる範囲です。

物差しをもう一本、手元に置いておいてください。ゼロの欄を見るたびに、そっちの物差しでも自分を測り直せますから。

誰にも気づかれない夜の、君へ

AIに書けるものは、これから一番安くなる。
君の生き様は、これから一番、値がつく。

機能で消耗する時代は、静かに終わっていく。武器になるのは、何度もコケて、それでも続けてきた、君の生き方の方だ。それは作るものじゃない。もう、君の中に埋まっている。

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