売るために、自分を売り込まなくていい。|無言起業

マインドセット

凡人の心の立て直し方

若く見える競争からは、降りていいと思います

スマホを机に置いて30秒だけ撮ってみる。再生すると、話した中身より先に自分の顔が気になる。角度を変え、照明をつけ、髪型が気になり、最後に全部消す。このとき一緒に引っ込んでしまうのは、話そうとしていた中身のほうです。この記事で分けたいのは、カメラ映りが気に入らないことと、誰かの役に立つ情報を渡せるかどうかです。「老けて見える」から「発信は向いていない」までの間には段差があります。照明や角度で映りを良くする方法はありますし、使いたければ使えばいい。ただ「どうすれば若く見えるか」を考え続けるかぎり、終点のない物差しの上に立ち続けることになります。その勝負は降りていい。物差しを、映りから中身へ置き換える話をしています。

0か1しかない物差しで測っていませんか凡人の心の立て直し方

売上ゼロは本当にゼロなのか——0.9という数え方

売上ゼロ。問い合わせゼロ。数字の欄に0と書いた途端、その手前でやってきたことまで、まとめて無かったことになるように見えます。でも、売れたか売れていないかという物差しは、目盛りが0と1しかありません。最初の一件が来るまでは、何をしていても読める数字はずっと0のままです。この記事では、その手前で実際に何が起きているのかを順番に見ていきます。人へ渡せるものを見つけて、形にして、出す。出す前の不安は頭の中にしか置き場がありませんが、出した後の不安は実物の反応の中にあって、次に何を直すかの材料になります。売上の欄が0でも、出せて、反応を受け取れて、直せるところまで来ているなら、それは0ではなくて、1のすぐ手前です。顔を出さず、人前で話さなくても、そこまでは自分の手で作れる範囲です。

凡人の心の立て直し方

理解はこちらから動かせない。動かせるのは信頼のほうです

「分かってもらえない」という疲れ方をしている人は、たいていサボっていません。よく書いているし、よく説明もしている。それなのに頑張った量に比例して削られていく。理解というのは相手の家の中にあるスイッチで、こちらは玄関の外に立っているからです。呼びかけることも、荷物を置いていくこともできる。でも上がり込んで押してくることはできない。一方で、理解が無くても成立するものがあります。信頼です。そしてこちら側から積めるのは、こっちのほうだけ。二〇一三年、師匠にあたる人からのメールに二分以内で返すと決めていた頃の話と、会ったこともない人から届いた長いメールの話を通して、押せない場所を押し続けるのをやめる、という話をします。

凡人の心の立て直し方

詳しくないのに教えていいのか、という止まり方について。

「自分は詳しくないのに、人に教えていいのか」——発信を始めたい人が最初に止まるのは、たいていここです。でも「詳しくない」は必ず何かとの比較で出てくる判定で、しかも比べる相手はたいてい、その分野の一番上。読み手が探しているのは日本一詳しい人の話ではなく、今日の困りごとが片づく話のほうです。それに、本当に怖いのは知識の量ではなく「質問されて答えられない場面」でしょう。僕も昔は「知らない」と言うのが怖くて知ったかぶりをしていて、ある夜そこできれいに転んでいます。信頼は知識の量ではなく、分からないときに分からないと言えるかどうかのほうに貼りついている。そういう話です。

凡人の心の立て直し方

「付き合う人を変えろ」に、僕は乗れません。

新しいことを始めた、と誰かに話すと止められることがあります。この手の話には「付き合う人を変えろ」「昔からの関係を一度切れ」という定番の答えが用意されていますが、僕はここに乗れません。環境を動かすことには賛成です。ただ、その後ろにくっついてくる「変な人には会うな」のほうには賛成していない。引き止めてくる人と、熱心に引っ張り込んでくる人は、悪意の有無では分類できず、やっていることは同じ形をしています。だからこれは人を切る話ではなく、自分の判断をどこに置くかの話になります。人間関係の棚卸しは、やらなくていい。