The Alchemist's Laboratory ― 君が隠してきた失敗が、一番高く売れる。
凡人再起動ログ 全10話・完結

K.藍沢が、二度ゼロから立ち上がるまでの全記録。転んで、また立った、不格好な足跡の話だ。

転落① 転落② 上昇① 上昇②
二度の転落二度の上昇 2度目は、もっと深く。そして、もっと高く。
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理解はこちらから動かせない。動かせるのは信頼のほうです

「分かってもらえない」。

この言葉ほど、人を静かに削っていくものはないんじゃないかと思っています。書いても反応がない。話しても相手の顔が動かない。何度言い方を変えても、たぶん伝わっていない。

ただ、この疲れ方には少し変なところがあるんですよ。

こういう疲れ方をしている人は、サボっているわけじゃないと思うんです。むしろよく書いているし、よく説明しているし、丁寧に言い直してもいる。頑張っていないから疲れるならまだ話は簡単なんですが、頑張った量にきれいに比例して減っていくものがある、というのが、どうにも引っかかるんです。

で、これは順番が逆なんじゃないかと思うんです。

減るのは量のせいじゃない。宛先のせいなんじゃないか、と。

閉じた古い木製のドアの下の段に、折りたたまれた新聞が一部置かれている。
呼びかけることはできる。置いていくこともできる。そこから先は、あちら側の話です。

1.理解は、相手の家の中で起きる。

まず前提として、人は理解されたいと願うものです。しかも、かなり強く願う。ここを否定するつもりは僕にはまったくありません。分かってほしいから書くわけだし、分かってほしいから、伝わる書き方みたいなものをわざわざ勉強するわけですから。

ただ、理解というのは、相手の家の中にあるスイッチです。

こちらは玄関の外に立っている。呼びかけることはできるし、荷物を置いていくこともできる。でも、上がり込んでスイッチを押してくることはできない。押すか押さないか、そもそも呼びかけが聞こえているのかどうかも、全部あちら側の話です。

だから「完全に理解される」というのは、相手が誰であってもかなり難しい。

正直に言うと、同じ文章がなぜある人に届いて別の人には届かないのか、僕には法則が分かりません。分かるなら僕が知りたいくらいです。

それなのに、僕らは分かってもらうための努力を増やしていくわけです。増やせるのはこちら側の量だけで、指はずっと向こうにある。いくらやっても減っていく理由は、たぶんここなんじゃないかと思っています。

2.よく分からないけど、この人が言うなら。

一方で、理解が無くても成立するものがあります。

信頼です。

「言っている中身は、正直よく分かっていない。でも、この人が言うならそうなんだろう」

こういう納得の仕方に、心当たりがあるんじゃないでしょうか。中身を検証したわけじゃない。理解したわけでもない。それでも動く。

つまり信頼というのは、理解を積み上げた先にもらえるご褒美ではなくて、理解とは別のところに立っているものなんですよね。

そして、ここが今日の話の分かれ目なんですが、信頼のほうは、こちら側から積めます。行動でしか積めないけれど、行動でなら積める。

観点 理解 信頼
どこで起きるか 相手の家の中 こちら側
こちらから押せるか 押せない 押せる
増やす手立て 量を増やしても指は向こうにある 行動でしか積めないが、行動でなら積める

3.二分で返す、それだけを決めていた頃。

二〇一三年、まだ何者でもなかった頃、僕は師匠にあたる人に師事していました。

そのとき自分で決めていたことが一つだけあって、それは「その人からのメールには、着信から二分以内に返す」というものです。

内容は短くていい。「確認しました」「すぐやります」。それで十分でした。

スマホは常に手の届く場所に置いていました。机の上、キーボードの横。鳴っていないのに鳴った気がして画面を見る。画面は黒いままです。PCの画面を見ているときも、視界の端にスマホがあって、そこだけ明るい気がしていました。

実際に通知が鳴ると、肩が跳ねます。考えるより先に手が出ている。開く前から指が熱くなっていて、手のひらが汗で湿っている。

なぜそこまでやっていたかというと、才能も金もない自分が唯一出せる武器は速度だと考えていたからです。この機会を逃したくない。信頼を失いたくない。動機としてはそれだけでした。

ここで正直に書いておくと、この二分のおかげで案件が取れたとか報酬が上がったとか、そういう分かりやすい成果が僕の手元の記録に残っているわけではありません。だから成功談として書くつもりはないんです。

僕が今になって思うのは、まったく別のところです。

あのとき僕がやっていたことで、記録に残っているのは一つだけなんですよ。

二分で返す。それだけです。自分がどれだけ本気かを言葉で伝えた覚えは、僕の側には残っていません。

図1
渡していたのは理解じゃない。行動のほうでした。
記録に残っているのは、二分で返していたことだけ。

4.心の中にあるものは、無いのと同じ。

もう一つ、忘れやすい話なので書いておきます。

理解にしても信頼にしても、心の中で思っているだけのものは、相手にとっては存在していません。

「感謝している」も「信じている」も、思っているだけなら向こうには一行も届いていない。言葉にして渡して、はじめて相手の側に現れる。

しかも、一度渡せば済むものでもない。

これは水やりです。先週たっぷりやったから今月はもういい、という性質のものではなくて、間を空けて何度も渡したほうが残る。

聞けば当たり前の話です。当たり前なので、たいてい後回しになる。

軍手をした手が古びたブリキのじょうろを持ち、白い花に水をやっている。じょうろの口から水が数滴垂れている。
先週たっぷりやったから今月はもういい、という性質のものではない。

5.知らない人から届いた、長いメール。

二〇一三年から二〇一四年にかけての頃だったと思います。受信ボックスに、見たことのない名前からメールが届いていました。

アイコンは空白。件名が長くて、途中で切れている。開いたら本文が長くて、スクロールバーが最初から短かった。

書いてあったのは、あなたの発信のおかげで人生が変わりました、という内容です。

「あなたの」というところで、目が止まりました。

椅子に触れていた背中が熱くなって、首の後ろがじわっとして、手のひらが湿ってくる。涙が滲んで画面がぼやけました。

で、この話を今回書きながら、気づいたことがありました。

この人とは、会ったことがないんです。顔も声も知らない。藍沢という人間について、その人は何も知らない。

理解されていたわけがないんですよ、どう考えても。

それでも、何かは届いていた。

届いていたのは理解ではありません。じゃあ何なのかというと、たぶんこれが、信頼と呼ばれている側のものなんだと思います。

6.押せないところを、押し続けない。

だから分かってもらおうとするのはやめましょう、という話ではありません。願うのは勝手だし、僕も願います。

やめたほうがいいと思っているのは、相手の家の中で起きることを、こちら側の努力で動かそうとすることです。あそこは押せない。押せないところを押し続けるから、頑張った量に比例して減っていく。

代わりに動かせるのは、返すと決めたものを今日返すとか、出すと言った日に出すとか、思っているだけのことを言葉にして渡すとか、そういう、記録に残る側のことです。

押せる側にあること
返す
返すと決めたものを、今日返す。
出す
出すと言った日に、出す。
渡す
思っているだけのことを、言葉にして渡す。

地味です。地味だし、その日のうちに何かが変わるわけでもない。

ただ、分かってもらえないと言って削られていた時間を、そっちに置き直すことはできます。それで何が変わるかは僕には約束できませんが、少なくとも、押せないものを押し続けてはいない。

会ったこともない人から、長いメールが届くことはあるんです。理解されていなくても、です。

誰にも気づかれない夜の、君へ

AIに書けるものは、これから一番安くなる。
君の生き様は、これから一番、値がつく。

機能で消耗する時代は、静かに終わっていく。武器になるのは、何度もコケて、それでも続けてきた、君の生き方の方だ。それは作るものじゃない。もう、君の中に埋まっている。

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