こんにちは、藍沢です。
ネットで物を売る話を読んでいると、あちこちで同じ言葉を見かけます。「顔出ししないと売れない」。強い調子で言い切っている人もいますし、当たり前のことみたいに、理由もつけずにさらっと通り過ぎる人もいます。
僕はこの言葉を見るたび、いつも同じところで止まります。売れない、とまで言えるくらいなら、顔は物を売る場面で、そもそも何の役に立っているんだろう、と。
先に断っておきますけど、顔を出している人が間違っている、という話をするわけではありません。出せる人は出せばいいと思っています。実際、顔を出したほうが早い場面もあるでしょう。ただ、ここで言う「早い」というのは、たとえば、初めてあなたを見つけた人が「この人の話なら聞いてみようかな」と思うまでの時間が短い、という意味ですよね。僕が知りたいのは、なぜ顔を見せるだけで、その時間が短くなるのか、というところです。
ついでに、もう一つだけ。ネットで物を売っている人を何人か見に行けば、たいていプロフィールに顔写真があって、動画で本人が喋っていて、相談も生配信もやっています。でも、ここは気をつけたいところです。たとえば、売れている人を10人見たら、8人が顔を出していたとしましょう。それでも、「その8人は顔を出したから売れた」とは言えません。顔を出したのに売れなかった人が何人いるかは、その10人からは分からないからです。この話を広げると長くなるので、今日はここを通り過ぎます。
顔は、一人で何役もやっています
十徳ナイフって、ありますよね。折りたたむと手のひらに収まって、開くと栓抜きが出てきて、ドライバーが出てきて、小さなハサミも出てくる、あの道具です。たたむと1本になるので、僕らはあれを「道具が1つ」と数えます。でも、やっている仕事のほうは1つじゃありません。栓を抜く、ネジを回す、紙を切る。少なくとも3つはあります。つまり、数え方が1つなだけで、中身は1つじゃないわけです。

顔も、これと似ています。プロフィールに写真を1枚置く。動画に1回出る。それだけで、いくつもの用事がまとめて片づいてしまう。ただ、まとめて片づくということは、中で何が起きているのかが見えない、ということでもあります。だから話がいつまでも「顔を出すか、出さないか」という大きな二択のまま進んでいくんじゃないかと、僕は思っています。
というわけで、顔が一度に引き受けている用事を、1つずつ分けてみました。数えたら5つになりました。
| 顔が引き受けている用事 | 顔でなくても務まるもの |
|---|---|
| 目印になる | 名前、キャラクター、イラストのアイコン、文章の口調、いつも同じ色や見た目でそろえること |
| 人柄が伝わる | 何を書いて、何を書かないか。うまくいかなかったことを、どこまで正直に書くか。なぜそう決めたのかまで書くか |
| 「本当にいる人なんだな」と思ってもらう | 間隔を空けずに出し続けていること、自分が実際に通ってきた具体的な話、実際に作ったもの、これまでやってきたことの積み上げ |
| 説明する | 記事、スライド、パソコンの画面を録画したもの、読み上げの音声 |
| 質問に答える | よくある質問のページ、登録した人へ届くメールの中の補足、教材の中に書いておく注意書き |
目印と、人柄と、「本当にいる人だ」
1つめは、目印です。「これは誰が言っているのか」が、ぱっと見て分かる、という仕事ですね。スマホの画面を指で流しているとき、文字を読むより先に、丸いアイコンの中の顔のほうが目に入ったりしますよね。あれが目印の働きです。ただ、この用事だけなら、顔でなくても務まります。名前でも、イラストのアイコンでも、キャラクターでも、文章の口調でも、いつも同じ色や見た目でそろえることでも、この用事は務まります。代わりになるものがいちばん多いのは、たぶんここです。
2つめは、人柄が伝わることです。動画だと、これはかなり強い。話すときの表情、言葉が出てこなくて詰まる間、言いよどんだ場所。そういうところから、この人はこういう人だな、というのが伝わります。ただ、文章にも同じ働きはあります。たとえば、何を書いて、何を書かないか。うまくいかなかったことを、どこまで正直に書くか。「こう決めました」だけで済ませるか、なぜそう決めたのかまで開くか。そういう選び方から、書いている人の人柄は出ます。顔よりは時間がかかりますけど、出ないわけではありません。
3つめが、僕はいちばん効いていると思っているんですが、「この人は本当にいる人なんだな」と思ってもらう仕事です。たとえば、文章だけがずらっと並んでいるページを見て、「これ、本当に人が書いてるのかな」と一瞬引っかかることってありませんか。動画で本人が喋っていれば、少なくとも「どこかに実在する誰かが喋っている」という一点だけは、わざわざ疑わなくて済みます。
これも、顔以外で立てられます。間隔を空けずに出し続けていること。自分が実際に通ってきた具体的な話。実際に作ったもの。これまでやってきたことの積み上げ。ただ、ここは正直に言って時間がかかります。顔なら写真1枚で終わるところを、書いたものを1本ずつ積んで、間を空けずに出して、少しずつ「たしかにいるな」に近づけていくことになるからです。だから、楽をするための代わりではないんですよ。5つのうちで、その時間のかかり方がいちばんはっきり出るのが、この3つめです。
説明する仕事と、その場で答える仕事
4つめは、説明することです。5つのなかでは、これがいちばん顔から手放しやすいと思っています。理由は単純で、説明というのは中身が届けば成立するからです。動画やセミナーなら本人が喋って説明しますけど、記事でも、スライドでも、パソコンの画面を録画したものでも、読み上げの音声でも、説明そのものは届きます。僕の場合、案内も、商品を紹介するページも、全部文章です。長い動画のナレーションは、自分の声を学習させたAIの音声に読んでもらっています。短い動画は、口を動かすキャラクターに喋ってもらっています。喋るのをやめた、というより、喋る場所を移した、という感じが近いです。
5つめが、たぶんいちばん厄介です。その場で質問に答える、という仕事。相談や生配信なら、来た質問にその場で答えられます。相手の様子を見ながら、言い方を変えることもできます。では、これをその場に出ないでやろうとすると、どうなるか。答えを、質問が来る前に書いておく形になります。よくある質問のページ、登録した人へ届くメールの中の補足、教材の中に書いておく注意書き。そういうものですね。受けられない仕事ではないんですが、先回りが要ります。どこで人がつまずくのかを、質問が来る前に見当をつけておかないと、書けないわけです。僕のところは、買う前に僕と直接やりとりする場面を作っていません。だからこの5つめは、あらかじめ書いておく側に寄ることになります。
5つと言いましたが、きれいに5つへ割り切れるわけでもありません。人柄の話と「本当にいる人だ」の話はつながっていますし、説明のしかたそのものから人柄が出たりもします。それでも、ひとかたまりで「顔」と呼んでいたものを、いったんばらばらにして机の上に並べてみる価値はあると思っています。
分けると、問いの形が変わります
「顔出しできないから無理だ」というのは、5つをひとかたまりのまま見ている状態です。ばらしたあとだと、聞き方が変わります。いま自分が「ここは顔が要る」と感じているその場面で、顔は5つのうちのどれをやっているのか。そう聞けるようになります。
たとえば、商品の中身を分かってもらうために顔が要る、と思っているとします。それは4つめの説明の仕事なので、スライドや文章でも同じ用事は片づきます。自分がどういう人間なのかを分かってもらうために要る、と思っているなら、それは2つめなので、何を書いて、どう書くか、の問題になります。覚えてもらうために要るのなら、1つめの目印の話なので、名前やアイコンを別に立てる話になります。
やってみるなら、「ここは顔が要る」と感じている場面を1つだけ紙に書き出して、その顔が5つのうちどれをやっているのかを見てみてください。それだけでも、自分がどこで詰まっているのかが、だいぶ見えてくるはずです。

なんでこんな回りくどい話をしているかというと、順番が入れ替わりやすいからです。本来なら、何を届けたいのか、それを誰に届けたいのか、どうやって届けるのか、その手段として顔を出すのか。この並びになるはずですよね。ところが実際には、顔を出したくない、が先に来やすいと思います。それから「顔出しなしでできる副業」を検索して、出てきたものの中から選ぶ。この順番だと、手段の都合が、やることの中身まで決めてしまいます。
何を届けたいのか、それを誰に届けたいのか、どうやって届けるのか、その手段として顔を出すのか。
顔を出したくない、が先に来る。それから「顔出しなしでできる副業」を検索して、出てきたものの中から選ぶ。
置き換えたぶんは、別のところで払うことになります
ここまで書いてきて、都合のいい話に聞こえていないか少し心配なので、逆側も書いておきます。
顔と声は、材料としてかなり強いです。それに頼らないと決めるのなら、別のところを濃くしないと足りません。何が分かっているのか。何を大事にしているのか。どういう言葉で語るのか。どういうときに考えを変えるのか。顔を出した動画なら、表情や声の調子から勝手に伝わってくれるぶんを、書くものの中ではっきり言葉にしておかないと届かない、ということです。足し引きすると、楽になる方向ではないと僕は思っています。
それからもう1つ、これは強めに言っておきたいのですが、別のもので代わりがきくのは、ここまで話してきた表側の5つだけです。奥にあるものは、代わりがききません。奥にあるもの、というのは、何を知っていて、何を判断できて、買ってくれた人に何を約束して、うまくいかなかったときに誰が出てくるのか、ということです。ここを作り物にしてしまったら、顔があってもなくても続かないと思います。顔を出さないというのは、奥の中身を薄くしていい、という話ではないわけです。
何を知っていて、何を判断できて、買ってくれた人に何を約束して、うまくいかなかったときに誰が出てくるのか。
それで、最初に何が変わるのか
こういう考え方をしたときに、最初に変わるのは売上ではありません。商品が出来上がることでもない。「自分には無理だ」と言って、はじめから外していたものが、「この形なら自分にもやれるかもしれない」というところまで戻ってくる。まず変わるのは、そこです。
できるようになった、という話ではありません。やるかやらないかを選べるところまで戻ってきた、というだけです。ただ、顔や声や身元を出すところで引っかかって、そのまま止まっていた人にとっては、その戻りが、そのまま始める入口になります。
僕自身、顔は出していませんし、人前で話すのも電話も、いまだに苦手なままです。それでも、何を届けたいのかと、それを誰に届けたいのかを先に決めておけば、顔を出すかどうかを決める手前の作業は、ちゃんと進みます。
「顔出ししないと売れない」は、たぶん半分だけ当たっています。顔がやっている5つの仕事のほうは、確かに要るんです。ただ、その仕事を顔でやるかどうかまでは、まだ決まっていません。






















