ネットで何かを売っている人を、ためしに一通り見にいくと、だいたい顔が出ています。
セミナーの会場写真、喋っている動画、生配信、対談。ずらっと並んでいるのを眺めていると、あれは自分とは別世界の話だな、という感じになってくる。人前で喋るのが平気で、初対面の人とすぐ打ち解けられて、カメラを向けられても崩れない人たちの世界。そう見えるのは、まあ、自然なことだと思います。だって実際にそういう画面ばかりが並んでいるわけですから。
僕はそこに一度も出ていません。顔が映る写真も動画も出していないし、人前で話すこともしていない。ショート動画に出てくるのはキャラクターで、口がぱくぱく動いているだけです。長いほうの動画でナレーションをしているのは、僕の声を学習させたAIです。案内も、販売のページも、全部が文章。ずっとそうやってきました。
で、この形について、じゃあどうやって売るのか、という話をします。
今日はその話をします。

会って売る形は、何で成立しているのか
先に、逆側から考えたほうが早いんです。
会って売る、あるいは画面越しでも喋って売る、という形がなぜ成立しているのか。人柄が伝わるからだ、熱意が伝わるからだ、と説明されることが多いですけど、僕はそこが本体だとは思っていません。もっと地味な理由がひとつあって、それは、その場で疑問を消せるということです。
目の前に人がいれば、聞かれた瞬間に答えられる。相手の顔が曇ったらそこで言い方を変えられるし、「あ、いま伝わってないな」と分かればもう一回別の角度から言い直せる。相手が心の中で引っかかっているものを、その場で拾って、その場で片づけられる。会って売る形の強さは、ほとんどこの一点に集まっています。
ということは、です。
会わない売り方が難しく見えるのは、性格が向いてないからでも、話がうまくないからでもない。この一点が抜け落ちるからなんですよ。疑問が出た瞬間に消してくれる人が、その場にいない。それだけの話です。
| 観点 | 会って売る | 会わずに売る |
|---|---|---|
| 疑問が出たとき | 聞かれた瞬間に答えられる | 消してくれる人が、その場にいない |
| やること | その場で拾って、その場で片づけられる | 疑問が出る場所を先回りして、そこに文章を置いておく |
原因がそこにあると分かれば、やることは自動的に決まります。疑問が出る場所を先回りして、そこに文章を置いておく。
「無言で売る導線」というと何か特殊な技術のように聞こえるかもしれませんが、中身はこれでほぼ全部です。あとは、どこに何を置くか。
部品は三つしかない
導線という言葉が難しく感じるなら、部品の名前で覚えたほうがいい。三つです。
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1
入口
無料で渡すもの。読んだ人が「この人の話は自分に関係がある」と分かるためのもの。
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2
並走
LINEやメールで届く文章。入口を通った人と、しばらく一緒に歩く部分。
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3
売り場
販売ページ。買うか買わないかを決める場所。
名前のとおりで、ひねりはありません。入口があって、しばらく並走して、最後に売り場がある。それだけ。
ここまでは、たぶん想像どおりだと思います。問題は次です。
作る順番は、後ろからです
多くの人は入口から作り始めます。まず集客だ、まず人を集めないと始まらない、と。気持ちはよく分かるし、順番として自然にも見える。
でも、逆なんですよ。
売り場に何を書くかが決まっていないと、並走で何を渡せばいいかが決まりません。並走で渡すものが決まっていないと、入口で何を配れば筋が通るのかも決まらない。だから、後ろから決めていく。売り場を先に書いて、そこから逆向きに並走を組んで、最後に入口を作る。
順番を間違えたときに何が起きるかというと、入口ばかりが立派になります。人は来る。読んでもらえる。でもその先に置いてあるものが空っぽなので、来た人はふらっと通り過ぎて、それきりになる。集めるところだけを一生懸命やって、集めた人に渡すものを最後まで決めていない状態です。
売り場から作れ、というのは、そういう空回りを起こさないための順番の話であって、根性とか才能とかの話ではありません。
売り場に書くのは、対面なら聞かれること
では売り場に何を書くのか。ここも、さっきの「その場で疑問を消せる」に戻れば答えは出ます。対面なら相手が口に出して聞いてくることを、先に全部書いておけばいい。
具体的にはこのあたりです。
- これは誰のためのものなのか
- 何が手に入るのか
- どうやって渡されるのか(動画なのか、文章なのか、どこに届くのか)
- いつまでに手に入るのか
- 合わない人は誰か
- 買ったあと、その人は何をすることになるのか
書き出すと当たり前のことばかりに見えるでしょう。でも、当たり前に見えるのは、あなたが書き手側に立っているからです。読む側は何も知らない。「どうやって渡されるのか」が書いていないページを読んだ人は、そこで手が止まります。止まったまま、聞く相手もいない。会って売る形ならその場で消える疑問が、会わない形だと、そのまま残る。
だから、当たり前のことほど省かずに書く。ここは丁寧すぎるくらいでちょうどいいところだと思っています。
案内文は、売り込みじゃなくて案内でいい
売り場と並んでもうひとつ、多くの人が身構えるのが案内文です。
売り込みの文章を書かなきゃいけない、煽らなきゃいけない、心を動かす言葉を捻り出さなきゃいけない——そう思うと、手が止まる。書けない。書けないから、募集そのものが延びていく。
僕は、案内文は案内でいいと思っています。
日時と、形と、値段と、締切と、断り方。この五つが書いてあれば、案内としてはもう成立しているんです。実際、旅館の予約ページも、習い事の募集要項も、書いてあるのはそれだけでしょう。そこに何かを足したくなるとしたら、それは相手のためというより、書いている側の不安を埋めるために足しているんじゃないかと、僕は思っています。
うまい文章を書こうとするより、抜けている項目を一個ずつ埋めていくほうが、たぶん先です。

断る材料を、こちらから先に出す
さっきの売り場の項目に「合わない人は誰か」を入れました。これは親切心の話ではないので、少し説明しておきます。
会って売るとき、相手はこちらの様子を見ながら、断る材料を自分で集めています。声の調子、質問への答え方、間の取り方。そういうもので「あ、これは違うな」と判断して、その場で降りることができる。
会わない形では、それができません。相手の手元には、こちらが置いた文章しかない。ということは、断る材料もこちらが置いておかないと、相手は決められないわけです。
買う理由だけが並んでいて降りる場所がどこにもないページは、読み手からすると、決めようがない。だから閉じる。
合わない人を書いておくのは、優しさというより、決めさせるための部品です。逃げ道を用意しているのではなくて、選択肢を成立させている。ここを勘違いすると、書けば書くほど「押しの強いだけのページ」になっていきます。
「一回話しましょう」を、導線に入れない
最後に、これが一番大事かもしれません。
導線のどこかに、返信が要る形を入れないこと。面談の予約、日程の調整、個別相談、「まずは一度お話ししましょう」。ああいうものを必須の段に置かない。
一箇所でも「話す」が挟まると、話したくない人は、そこで止まります。しかも止まった人は理由を言わずに消えるので、こちら側からは何も見えない。興味が無かったのだろう、まだそのタイミングじゃなかったのだろう、と解釈することになる。でも実際に起きているのは、その人が通れない段をこちらが置いたということだけなんですよ。
僕がいま組んでいるものも、そこは同じ考えで作っています。段はいくつかあるんですが、どの段にも通話を挟まない形で組んでいる。まだ世に出していないので、これでうまくいきますとは書けません。書けませんが、少なくとも、話すのが苦手な人がどこかで詰まる、という作りにはなっていないはずです。
順番の話でしかない
まとめると、会わずに売るというのは、才能でも度胸でもなく、順番と配置の話です。
- 疑問を消す仕事
- 会って売る形が引き受けていた「その場で疑問を消す」という仕事を、文章に肩代わりさせる。
- 作る向き
- 売り場から逆向きに作る。
- 省かない
- 当たり前のことを省かずに書く。
- 断る材料
- 断る材料を先に置く。
- 話す段
- 話す段を入れない。
これなら、顔を出さなくても、声を出さなくても組めます。少なくとも、あの並んでいる写真や動画を見て「自分とは違う世界だ」と思って引き返す必要は、まったく無い。
僕は、自分から声をかけるのが苦手な側の人間です。昔、「連絡してね」と言ってくれた先輩に、自分から連絡できないまま、そのうち距離を置かれてしまったことがあります。あれは先輩のせいではなくて、僕の責任だと思っているし、そこは変えていかないとだめだ、とも思っています。
ただ、それはそれとして——変わるのを待っている間も、渡せるものは渡せます。話す段を置かない形にしておけば、僕みたいな人間でも渡せる。それだけのことです。
まず、売り場に何を書くか。そこから始めてみてください。


















