売るために、自分を売り込まなくていい。|無言起業

発信の心理的ハードル

選ばれて人が集まる導線

出す前に疲れているなら、外せるのは「映るための作業」のほうです

最後にネットで何かを買ったとき、その人が撮影にどんな用意をしたかを、あなたは知っていたでしょうか。買う側からは見えていません。ところが作る側に回った途端、その見えない部分がいちばん先に出てきます。一本出すまでにやることを八つ並べると、中身を決める作業と、自分が映るための作業が混ざっています。この二つは終わり方が違います。中身は決めれば終わる作業ですが、映るほうは「よくする」作業で、「よくなった」はあっても「もう十分よくなった」がありません。だから時間をいくらでも吸い込みます。照明を足して下げて、シャツを替えて戻して、半日。まだ何を話すかは一文字も決まっていない——その半日で渡せるものは増えていません。顔は信用の材料の一つですが、材料はほかにもあります。顔を出す人を否定する話ではありません。出演の作業だけを外した形で、一本だけ出してみる話です。

凡人の心の立て直し方

若く見える競争からは、降りていいと思います

スマホを机に置いて30秒だけ撮ってみる。再生すると、話した中身より先に自分の顔が気になる。角度を変え、照明をつけ、髪型が気になり、最後に全部消す。このとき一緒に引っ込んでしまうのは、話そうとしていた中身のほうです。この記事で分けたいのは、カメラ映りが気に入らないことと、誰かの役に立つ情報を渡せるかどうかです。「老けて見える」から「発信は向いていない」までの間には段差があります。照明や角度で映りを良くする方法はありますし、使いたければ使えばいい。ただ「どうすれば若く見えるか」を考え続けるかぎり、終点のない物差しの上に立ち続けることになります。その勝負は降りていい。物差しを、映りから中身へ置き換える話をしています。

自分という資産を掘る

顔を出さなくても、20年ぶんの中身は出せます

副業を調べていて、スマホを立ててインカメラを開いて、そのまま閉じた。もし似たようなことがあったなら、そのとき閉じたのはカメラだけではなかったかもしれません。この記事で分けたいのは、顔を出せないことと、出せるものが無いことです。前者は見せ方の話で、後者は中身の話なので、本当は別々に決められます。仕事を20年、30年と続けてきたなら、そのあいだに溜まったものは、それなりの量になっているはずです。ただ、「営業を20年やってきました」とだけ書いても、読んだ人が持って帰れるものはまだ少ない。長さではなく、その中で身につけた一手を出す。顔を出さないことと、人間を消すことも、別です。売れるようになる話ではなく、選択肢が戻ってくる話をしています。