売るために、自分を売り込まなくていい。|無言起業

2026年9月

凡人の心の立て直し方

理解はこちらから動かせない。動かせるのは信頼のほうです

「分かってもらえない」という疲れ方をしている人は、たいていサボっていません。よく書いているし、よく説明もしている。それなのに頑張った量に比例して削られていく。理解というのは相手の家の中にあるスイッチで、こちらは玄関の外に立っているからです。呼びかけることも、荷物を置いていくこともできる。でも上がり込んで押してくることはできない。一方で、理解が無くても成立するものがあります。信頼です。そしてこちら側から積めるのは、こっちのほうだけ。二〇一三年、師匠にあたる人からのメールに二分以内で返すと決めていた頃の話と、会ったこともない人から届いた長いメールの話を通して、押せない場所を押し続けるのをやめる、という話をします。

読まれる文章の書き方

議論に勝つと、正しさだけが手元に残ります

ネットで誰かが誰かを訂正している場面は、たいてい訂正している側のほうが正しい。それなのに、訂正された側が考えを改める場面はほとんど見ません。人は、内容が正しいかどうかで相手を避けるかどうかを決めていないからです。決めているのはもっと手前で、この人と関わったあとに自分の値打ちが下がった感じがしたかどうか。だとすると、議論に勝つというのは相手の値打ちを削る行為とほとんど同じことになります。ただし、だから断定をやめろという話ではありません。変えるのは強さではなく、削る先です。同じ強さで言い切っても、刃を読者本人に向けるか仕組みに向けるかで、敵ができるか仲間ができるかが分かれます。