「ギブが大事」を真に受けた人ほど、なぜ都合よく使われて終わるのか?
「まずはギブしましょう」を真面目に受け取って、頼まれたことを全部やる。無料で働く。自分のお金まで使う。それでも感謝されるどころか、都合よく使われて終わる人がいます。足りなかったのは、ギブの量ではありません。
凡人の心の立て直し方「まずはギブしましょう」を真面目に受け取って、頼まれたことを全部やる。無料で働く。自分のお金まで使う。それでも感謝されるどころか、都合よく使われて終わる人がいます。足りなかったのは、ギブの量ではありません。
凡人の心の立て直し方新しいことを始めた、と誰かに話すと止められることがあります。この手の話には「付き合う人を変えろ」「昔からの関係を一度切れ」という定番の答えが用意されていますが、僕はここに乗れません。環境を動かすことには賛成です。ただ、その後ろにくっついてくる「変な人には会うな」のほうには賛成していない。引き止めてくる人と、熱心に引っ張り込んでくる人は、悪意の有無では分類できず、やっていることは同じ形をしています。だからこれは人を切る話ではなく、自分の判断をどこに置くかの話になります。人間関係の棚卸しは、やらなくていい。