言葉の武器庫(Copywriting)
「……例えば」
僕はその言葉を、一日に何十回も口にする。
クライアントと話している時。弟子に概念を伝えようとしている時。目の前の人間が「うなずいてはいるけど、理解していない顔」をしているのが分かる瞬間。眉間に力が入る。額にじわりと汗がにじむ。
伝わっていない。
抽象的すぎた。高いところから話しすぎた。
だから僕は、言葉のエレベーターを下ろす。「例えば」——その二文字を口にした瞬間、空気がわずかに変わる。相手の目に、理解の光が灯り始める。
この「エレベーターの操作方法」を知っているかどうか。それが、伝わる文章と伝わらない文章を分ける、たった一つの境界線だ。
- 抽象的すぎて伝わらない文章の正体
- 読者の脳内に映像が浮かばない文章が「難しい」と感じられるメカニズムを理解する。
- エレベーター話法の3つのステップ
- 一つの主張を「最上階→地上→最上階」と行き来させて、誰にでも伝わる文章に変換する技術を手に入れる。
- 抽象と具体の往復を日常で鍛える方法
- 日常の会話や発信の中で、エレベーターの操作を自動化するトレーニング法を身につける。
「分かりやすい」と「浅い」の間で、君は迷っていないか
文章を書いていて、こんな経験はないだろうか。
「すごくいいこと言ってるのに、難しい」と言われる。頑張って具体例を入れてみたら、今度は「で、結局何が言いたいの?」と聞かれる。
分かりやすくしようとすると浅くなる。深いことを言おうとすると伝わらない。
この板挟みに苦しんでいる人は、驚くほど多い。
夜中にブログを書いていて、ふと手が止まる。読み返す。正しいことを書いている。論理も通っている。なのに、自分で読んでいて退屈だ。「何が足りないんだ」と画面を睨む。その答えが見つからないまま、結局そのまま投稿する。翌朝、反応はゼロ。
心当たりがあるなら、安心して欲しい。
断言しよう。これは君の知識不足でも、文章力の欠如でもない。「抽象と具体のエレベーター」を知らないだけだ。
少し想像してみて欲しい。
君がSNSで「自己投資は大切だ」と投稿したとする。正しい。間違っていない。でも、誰の心にも刺さらない。なぜか。「自己投資」という言葉が、エレベーターの最上階にあるからだ。情報量が少なく、ぼんやりしている。読者の頭の中に映像が浮かばない。
では逆に、「昨日スタバで780円のラテを飲みながら、Kindleで買った1,480円のマーケティング本を読んだ」と書いたらどうだろう。映像は浮かぶ。だが、それだけだ。「で?」と言われて終わる。これはエレベーターの地下にいる状態。具体的すぎて、メッセージが見えない。
伝わる文章とは、最上階と地上を何度も行き来している文章のことだ。
エレベーターの操作方法——抽象と具体は「ビルの階層」で考える
僕はこの技術を「エレベーター話法」と呼んでいる。
仕組みはシンプルだ。物事の抽象度を、ビルの階層として捉える。
最上階にあるのは「生物」「価値」「本質」のような、情報量が極端に少ない言葉。ぼんやりしていて、100人いれば100通りの解釈ができてしまう。
地上にあるのは「うちの猫のタマが昨日カーテンに爪を立てて破いた」のような、映像がありありと浮かぶ描写。情報量が多く、鮮明で、誰が読んでも同じ景色が思い浮かぶ。
そして、伝わる文章は必ずこの二つの階層を往復している。
たとえば料理で考えてみよう。レシピ本には「塩加減は適量で」と書いてある。これは最上階だ。「適量」が分からないから困っているのに、と読者は思う。
では「小さじ3分の1を入れて、30秒待ってから味見してみてくれ」と書いたらどうだろう。地上に降りた。映像が浮かぶ。手が動く。でもこれだけだと「なぜその量なのか」が分からない。
だから再び上がる。「素材の重量の0.8%が人間の舌に心地よい塩分濃度だ。つまり、素材を信頼して少なめに入れ、舌で確認する。これが適量の正体だ」。
最上階(原理)→ 地上(具体的な手順)→ 最上階(なぜそうなのかの理由)。
この往復が、読者の脳に「理解」と「納得」を同時に生む。
もう一つ、別の例を出そう。
君が「信頼関係が大切だ」と記事に書いたとする。最上階。正しいが、何も伝わらない。
エレベーターで地上に降りる。「例えば、僕が毎週月曜の朝9時に、たった3分だけクライアントに電話をかけている。用件はない。ただ『最近どうだ?』と聞くだけだ。このたった3分で、契約更新率は2倍になった」。
そして再び上がる。「つまり、信頼関係とは大きな約束を守ることではない。小さな接触を積み重ねることだ」。
最上階→地上→最上階。読者の脳には「信頼=月曜朝の3分電話」という映像が刻まれる。もう「信頼関係は大切だよね」という空虚な一文には戻れない。
ここで一つ、正直に言おう。僕もこのエレベーターの操作が苦手だった時期がある。コンサルを始めた頃、気づけば抽象的な話ばかりしていた。「本質を追え」「世界観を作れ」——正しいことを言っているのに、相手の目が泳いでいた。
都内へのドライブで大渋滞にはまった日。仕方なく音声教材を聴いていたら、こんなフレーズが流れてきた。「犬、猫、猿——これだけ並べれば『動物』という言葉は要らない」。その瞬間、僕のエレベーターのボタンが初めて押された気がした。
抽象的な概念を語りたければ、まず具体的な例を3つ並べろ。そうすれば読者の脳が勝手に抽象化してくれる。逆に、具体例がバラバラに感じられるなら、一段上に上がって共通項を一言で名付けろ。
これがエレベーター話法の核心だ。
実践——今日から使える3つのステップ
理屈は分かった。では、実際にどうやるのか。
ステップ1:自分が今「何階」にいるか自覚する
まず、自分が書こうとしている一文が、抽象的なのか具体的なのかを判断する。
判断基準はシンプルだ。**その文を読んで、映像が浮かぶかどうか。**
「顧客との信頼関係を構築する」——映像が浮かばない。最上階にいる。
「毎週月曜の朝9時に、3分間だけ近況を聞く電話をかける」——映像が浮かぶ。地上にいる。
書く前に、自分の一文を声に出して読んでみてくれ。映像が浮かばなければ、下に降りる必要がある。映像は浮かぶけど「だから何?」と感じるなら、上に上がる必要がある。
ステップ2:抽象には必ず「例えば」をセットにする
最上階の主張を書いたら、必ずその直後に「例えば」を入れる。
悪い例:「成功者は皆、朝の時間を大切にしている。だから朝を制する者が人生を制するのだ」
これは最上階→最上階の移動だ。エレベーターが動いていない。読者の脳には何も残らない。
良い例:「成功者は皆、朝の時間を大切にしている。例えば僕の場合、夜8時半に寝て朝4時半に起きる。誰にも邪魔されない5時から7時の2時間で、その日の最も重要な仕事を片付ける。メールもSNSも見ない。この2時間だけで、僕の生産性は3倍になった。つまり、朝を制するとは『判断力が最も高い時間帯を、最も重要なタスクに充てる』ということだ」
最上階(朝が大切)→ 地上(具体的な朝のルーティン)→ 最上階(なぜ大切なのかの再定義)。
この往復が1セットだ。
ステップ3:具体例の後に必ず「つまり」で上がる
ステップ2の逆パターン。具体的なエピソードや事例を書いた後は、「つまり」「要するに」で一段上に戻る。
例えば、こんな具合だ。
「最近、炭酸水にハマっている。もともとコーラ好きで、ゼロコーラを飲んでいたんだが、健康面を考えて切り替えた。正直、味気ない。でも続けている」
これだけだと日記だ。ここに「つまり」を足す。
「つまり、本当に欲しい未来のためなら、人は『味気なさ』を受け入れられる。文章も同じだ。読者に耳が痛い真実を書く時、糖衣をまぶす必要はない。読者は馬鹿じゃない。本気の言葉の方が、甘い嘘より遥かに信頼される」
地上(日常の話)→ 最上階(普遍的な原則)。エピソードが、主張の「証拠」に変わった瞬間だ。
エレベーターを自在に操れる人間の文章は、何が違うか
この技術を身につけると、文章に不思議な「厚み」が生まれる。
同じテーマを語っていても、抽象だけの文章は空中に浮いている。具体だけの文章は地面に張り付いている。でもエレベーターを操れる人間の文章は、地に足をつけながら空を見上げている。
それは読者にとって、「この人は物事を深く理解している」という信頼に繋がる。
難しい概念を平易な言葉で語れる人間は、その概念の本質を掴んでいる証拠だ。逆に、専門用語で煙に巻く人間は、本人が理解していないか、理解していることを見せつけたいだけだ。どちらにしても、読者の心には届かない。
僕がクライアントと向き合う時、常に意識していることがある。
相手のうなずきが浅い時——抽象的すぎる。下に降りろ。
相手が「で、結局?」という顔をしている時——具体的すぎる。上に上がれ。
文章でも同じだ。読者の顔は見えない。だからこそ、意識的にエレベーターを動かし続ける必要がある。
一つだけ覚えておいて欲しい。
深い知識を持っていることと、その知識を伝えられることは、まったく別の能力だ。世の中には、頭のいい人間は山ほどいる。でもその知識を「隣にいる友人」に伝えられる人間は、驚くほど少ない。
エレベーター話法は、その希少な能力を手に入れるための訓練だ。
完璧な文章とは、難しいことを難しく書いた文章ではない。難しいことを、「うちの猫のタマ」くらい身近な言葉で語れた文章だ。
持ち帰りフレーズ
「映像が浮かばない一文は、エレベーターで地上に降ろせ」
今日のワーク
君が最近書いた文章(ブログ、SNS投稿、メール、なんでもいい)から、一番伝えたい一文を選んでくれ。そしてその一文に対して、以下の2つを書き足してみろ。
- 「例えば」——その主張を裏付ける、映像が浮かぶ具体例を一つ
- 「つまり」——その具体例から導かれる、一段上の原則を一行
これだけで、その一文の説得力は3倍になる。騙されたと思ってやってみてくれ。
よくある質問
- Q. 具体例が思いつかない。どうすればいい?
- A. 自分の「昨日の経験」から引っ張ってくるのが一番早い。抽象的な主張に対して「昨日、自分の身に起きたことで似たようなことはなかったか?」と問いかけてみてくれ。朝のコーヒー、通勤電車の中、昼飯を選ぶ瞬間——日常は具体例の宝庫だ。最初から「うまい例え」を探すから出てこない。泥臭くても、リアルな体験の方が100倍刺さる。
- Q. 抽象的に語ることが苦手だ。いつも具体例ばかりになってしまう。
- A. それは才能だ。具体例が豊富に出てくる人間は、あと一歩で化ける。やるべきことは一つ。具体例を3つ並べたら、「この3つに共通するものは何だ?」と自分に問え。犬、猫、猿——この3つを並べた瞬間、「動物」という言葉が勝手に浮かぶ。その「勝手に浮かぶ一語」が、君の抽象だ。
- Q. エレベーターを動かすと文章が長くなりすぎないか?
- A. 確かに、具体例を入れれば文字数は増える。だが「長い文章」と「冗長な文章」は別物だ。エレベーターの往復は情報密度のコントロールだ。抽象(淡い)→具体(濃い)→抽象(淡い)のリズムは、読者を飽きさせない。むしろ、最上階だけで語り続ける短い文章の方が、読者は途中で離脱する。長さではなく、リズムで判断してくれ。












