第009話 — 精神科という名の現実の受容 —

あの日のドアノブの、指に吸い付くような冷たさを、僕は今でも覚えている。

2012年6月。
その扉を開けることは、社会的な「敗北」を認めることだと、当時の僕は信じていた。
しかし、13年後の今なら断言できる。

あれは敗北ではなかった。
沈没しかけた船から、救命ボートに乗り移るための「戦略的決断」だったのだと。

今、僕は都内の静かな一室で、あの日の自分に手紙を書くように、この文章を綴っている。
窓の外には、かつて僕を運んでいた満員電車が小さく見える。
もう、あの箱の中に僕はいない。
誰にも急かされず、誰かに許可を求めなくても、好きな時に珈琲を淹れられる。
あの日の震えていた僕に、今のこの静寂を教えてやりたい。

「大丈夫だ。その扉の向こうに、この自由な時間が続いているんだ」と。

1. 前回のあらすじ — 深夜の救命ボート

第8話で、君は僕の30歳を見た。

深夜3時。
六畳一間のアパート。カーテンの隙間から漏れる街灯の明かりだけが、僕の存在を証明していた。
布団の中で光るスマホの画面。そのブルーライトが、隈(くま)のできた僕の顔を青白く照らし出している。

指が勝手に動く。
「うつ病 休職 方法」
「会社 行きたくない 限界」
「診断書 即日発行」

震える指で検索窓に打ち込んだ言葉たち。それは、溺れかけた人間が必死に掴もうとした藁(わら)だった。
検索結果に並ぶ「心療内科」「精神科」の文字。

最初は吐き気がした。
自分が「そちら側」の人間になることへの、生理的な拒絶反応。
「精神科に行く」ということは、自分が「壊れた人間」「社会不適合者」であることを公的に認める手続きのように思えたからだ。

だが、もう限界だった。
このまま明日、あの満員電車に乗れば、僕は駅のホームから線路へと吸い込まれてしまうかもしれない。
いや、そうなることをどこかで「期待」している自分がいた。

「事故になれば、会社に行かなくて済む」
そんな思考がよぎった瞬間、僕は恐怖した。
このままでは、僕は物理的に、再起不能になるまで壊れる。

だから、僕は予約した。
震える声で電話をかけ、見知らぬクリニックの名前を告げた。
それが、泥沼でもがく僕に残された、唯一の救命ボートだったからだ。

2. 2012年6月 — 雑居ビルの前で

2012年6月25日、月曜日。
午前10時。

梅雨の湿気が肌にまとわりつく、重苦しい朝だった。
空は低く、今にも泣き出しそうな鈍色(にびいろ)をしていて、アスファルトからは雨の匂いと排気ガスの臭いが立ち上っている。

駅前の雑居ビル。
1階には消費者金融のATM、2階にはマッサージ店が入っている、古びたビルだ。
その3階に、そのクリニックはあった。

ビルの入口は薄暗い。
外の喧騒が嘘のように、そこだけ空気が淀んでいるように感じた。
蛍光灯が一本、切れかけてチカチカと点滅している。

エレベーターホールに向かう足取りは、死刑台へ向かう囚人のように重かった。
ボタンを押す指が湿っている。
「▲」のボタンが赤く点灯し、機械的な駆動音と共に箱が降りてくる。

エレベーターの中は、カビと鉄錆の混じったような、古い建物の匂いがした。
3階のボタンを押す。
扉が閉まる。密室。

ゴウン、という音と共に体が浮き上がる感覚。
その数秒間が、永遠に思えた。

——帰ろうか。
——今ならまだ、引き返せる。
——「風邪でした」と言って、午後から出社すれば、まだ「普通」の側に戻れる。
——このボタンを解除して、1階に戻れば、まだ間に合う。

そんな誘惑が、頭の中で何度もリフレインする。
「普通」への執着。それがこれほどまでに重い鎖だとは知らなかった。
今まで積み上げてきたキャリア、親の期待、友人の目、それら全てが、僕の足首を掴んで引きずり下ろそうとしていた。

ふと、昨日の夜に食べたコンビニ弁当の唐揚げの味が蘇ってきた。
なぜか一つだけ残してしまった、冷めた唐揚げ。
「あれ、冷蔵庫に入れたっけな……」
こんな極限状態で、そんなどうでもいいことが頭をよぎる。人間の脳は、あまりに強いストレスがかかると、どうでもいいノイズで現実を埋めようとするらしい。

3階に着く。
エレベーターの扉が開く。
目の前の壁に、小さなプレートがあった。「○○メンタルクリニック」。

その文字を見た瞬間、心臓が早鐘を打った。
ここは、来てはいけない場所だ。
ここに入ったら、烙印(レッテル)を押される。「精神を病んだ人」という、消えない烙印を。

3. 本質の問い — 「逃げる」とは何か

ここで、少し立ち止まって君に問いたい。
「逃げる」とは、なんだろうか?

当時の僕は、「逃げる=負け」だと定義していた。
苦しいことから目を背け、楽な方へ流れること。それは弱者の選択であり、恥ずべきことだと。
日本の教育、部活動、そして企業文化。それら全てが、僕たちに「耐えることの美学」を刷り込んできた。
「石の上にも三年」「逃げるな」「根性を見せろ」。
その言葉の呪縛は、僕の骨の髄まで染み込んでいた。

だが、13年後の今、僕はこの定義を完全に書き換えた。

「逃げる」とは、負けることではない。
自分が勝てない戦場から撤退し、勝てる戦場へ移動するための「移動」だ。

サバンナでライオンに出会った時、素手で戦う人間はいない。全力で逃げるはずだ。
そこで「俺は逃げない!」と踏ん張って噛み殺される人間を、誰も「勇者」とは呼ばない。「愚か者」と呼ぶだろう。
逃げることは「卑怯」ではない。「生存本能」だ。
命さえあれば、また別の場所で戦える。死んでしまえば、そこで試合終了だ。

職場という密室で、パワハラや過重労働というライオンに囲まれた時も同じだ。
そこで耐え続けることは、勇気ではない。ただの緩やかな自殺行為だ。
自分の魂が食い荒らされているのに、その場に留まり続ける理由など、どこにもない。

あの日の僕が必要としていたのは、「耐える勇気」ではなかった。
「逃げる勇気」——いや、「生き残るための撤退」を決断する冷徹な知性だったのだ。

4. 認識の書き換え — ラベルの張り替え(Label Replacement)

心理学に「リフレーミング」という言葉がある。
視点を変えて、物事の捉え方を変える技術だ。
でも、僕が伝えたい「ラベルの張り替え(Label Replacement)」は、少し違う。

リフレーミングが「横の移動(視点の変更)」だとしたら、ラベルの張り替えは「縦の移動(時間軸の旅)」だ。

当時の僕は、「精神科に行く」という事象に、「脱落」「敗北」というラベルを貼っていた。
だから絶望し、恐怖した。
未来の僕に出会っていなかったから、世間が貼った「敗北者」というラベルを、そのまま受け入れるしかなかったのだ。

でも、今の僕は知っている。
あの行動に貼るべき正しいラベルは、「戦略的撤退」であり、「生存のためのメンテナンス」だったのだと。

「うつ病」という言葉に「終わった」というラベルを貼るか、「脳が強制休暇を求めているサイン」というラベルを貼るか。
「休職」という言葉に「キャリアの傷」というラベルを貼るか、「人生の夏休み」というラベルを貼るか。

事実は変わらない。変えられるのは「解釈(ラベル)」だけだ。
そして、そのラベルを書き換える権利は、世間ではなく、未来の君自身が持っている。

もし君が今、何かから逃げようとして罪悪感を感じているなら、そのラベルを今すぐ剥がしてほしい。
君は逃げるのではない。
「自分を守るための戦略的行動」を開始するのだ。
その認識の転換(パラダイムシフト)こそが、君を救う最初の武器になる。

5. 躊躇 — 「あちら側」へ行く恐怖

話を2012年の廊下に戻そう。

ビルの廊下。
クリニックのドアの前。
照明が薄暗く、床のピータイルには黒い汚れが点々とついている。

足が動かない。靴底が床に接着されたかのように重い。
中からは何の音も聞こえない。静まり返っている。

——本当に、入るのか?

その問いかけは、恐怖そのものだった。
このドアを開けた瞬間、僕は「会社員としてのキャリア」を失う気がした。
築き上げてきた信頼も、実績も、プライドも、全てが粉々になる気がした。

もっと恐ろしい想像もあった。
「あちら側」へ行ったら、もう二度と「こちら側」には戻れないのではないか。
薬漬けにされ、思考能力を奪われ、廃人のようになって一生を終えるのではないか。
そんな、漫画や映画で見たような陳腐な妄想が、リアルな恐怖となって襲いかかってくる。

汗が止まらない。
冷や汗が背中を伝う。ワイシャツが肌に張り付く感触が不快だ。
喉が渇く。唾液が飲み込めない。

廊下の奥から、他のテナントへ向かう人の足音が聞こえた。コツ、コツ、コツ。
反射的に顔を伏せる。見られたくない。誰にも、知られたくない。
「あいつ、精神科に入っていったぞ」と噂されるのが怖い。
僕は犯罪者のように、肩を縮めてドアの前に立ち尽くしていた。
自意識過剰だとは分かっている。でも、世界中が僕を見張っているような気がした。

6. 脳内法廷 — 「真面目さ」という名の検察官

僕の脳内には、常に法廷がある。
被告人は「僕」。
そして検察官席に座っているのは、僕の中にある「真面目さ」だ。

彼は、エリート意識なんて高尚なものではない。
ただひたすらに、「言われたことはやるべきだ」「みんな頑張っている」「お前だけが甘えている」と説教を垂れる、前時代的な道徳の塊だ。
僕が幼い頃から、親や教師によって丁寧にインストールされてきた、強力なOSだ。

検察官が法廷で叫ぶ。
『おい、被告人。何をしている。サボる気か?』
『みんな今頃、満員電車を降りて、汗水垂らしてデスクに向かっているぞ』
『お前だけが、こんなところで逃げ出すのか? 卑怯だとは思わないのか?』
『親が泣くぞ。高い学費を払って大学まで出してやったのに、30歳で精神科か?』
『上司が呆れるぞ。期待していたのに、裏切りやがってと』
『同僚が迷惑するぞ。お前の分の仕事は誰がやるんだ?』
『ただの甘えだ。根性なしだ。クズだ。社会のゴミだ』

その声は、上司の怒鳴り声にも、父親の失望した声にも似ていた。
論理的で、正論で、反論の余地がない弾劾。

僕(被告人)は、うつむいて沈黙するしかない。
「でも、辛いんです」なんて言葉は、この法廷では証拠能力を持たない。
「辛いのはみんな同じだ」と却下されるだけだからだ。

僕をここまで追い詰めたのは、他ならぬ、この「真面目さ」だった。
真面目だからこそ、手を抜けなかった。
真面目だからこそ、期待に応えようとした。
真面目だからこそ、自分の限界を無視して走り続けた。

皮肉な話だ。
美徳とされる「勤勉さ」が、僕の首を絞める絞首刑のロープになっていたのだから。
この検察官を黙らせない限り、僕は一生、自分を許すことができない。

7. 限界点 — 身体が発したサイレント

だが、僕には最強の弁護人がいた。
それは、僕の「身体」だ。

身体は言葉を持たない。
論理で検察官と戦うことはしない。
その代わり、強烈な実力行使に出る。ストライキだ。

ドアノブに手を伸ばそうとするが、指先が震えて止まらない。
自分の意思では制御できない、小刻みな痙攣。
胃のあたりが焼けるように熱い。胃酸が逆流してくる感覚。
視界が少し歪んでいる。廊下の壁が迫ってくるような錯覚。
耳鳴りがする。キーンという高い電子音のような音が、検察官の怒号を遮る。

『もう、無理だ』

身体がそう叫んでいた。
これ以上、あの場所に戻れば、本当に糸が切れる。
プツン、と音がして、二度と繋がらない状態になる。

脳(理性・検察官)は「戻れ! 職場へ行け!」と命令し、
身体(本能・弁護人)は「入れ! 助けを求めろ!」と懇願する。

この内戦状態。
アクセルとブレーキを同時に踏み込んだような、激しい摩擦熱。
その負荷に、僕のエンジンはもう耐えられなかった。

「助けてくれ……」
声にならない声が漏れた。
誰でもいい。論理とか責任とか社会常識とか、そういう重たい荷物を、一度全部下ろさせてくれるなら、悪魔にだって魂を売る。
それくらい、僕は追い詰められていた。

8. ドアノブ — 金属の冷たさと重量

意を決して、手を伸ばす。

ドアノブは、ひどく冷たかった。
6月の湿気を含んだ生ぬるい空気の中で、その金属の塊だけが、異質なほど冷徹に存在していた。
まるで、ここから先は別世界だと告げているように。

指が滑る。手汗がひどい。
一度、ズボンで掌を拭う。生地に汗が染み込む。

もう一度、握る。
硬い感触。
金属の冷たさが、熱を持った掌から伝わり、腕を駆け上がり、心臓まで届くような気がした。

——これを回せば、終わる。
——そして、始まる。

心臓の音がうるさい。ドク、ドク、ドクと、全身を揺らすように脈打っている。
息を止める。
腕に力を込める。

カチッ。

小さな音が廊下に響いた。
重い扉が、スプリングの抵抗を感じさせながら、ゆっくりと内側へと開いていく。
その隙間から、冷房の冷気と共に、独特の匂いが流れ出してきた。

9. 一線 — 消毒液の匂い

消毒液の匂い。
あるいは、清潔なリネンの匂い。
かすかに漂うアロマの香り。
それらが混じり合った、病院特有の、「白」を連想させる匂い。

その匂いを吸い込んだ瞬間、僕の中で何かがガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

張り詰めていた糸。
社会人としての仮面。
「大丈夫です」と答え続けてきた虚勢。
「まだやれます」と食いしばってきた奥歯の力。

それらが一気に剥がれ落ち、ただの「弱りきった、小さな生き物」がそこに残った。

一歩、中に入る。
足元のカーペットが音を吸い込む。フカフカとした感触。
外の雑居ビルの薄暗さとは隔絶された、明るく、静謐な空間。
淡いパステルカラーの壁紙。観葉植物の緑。

受付の女性が、事務的に、しかし優しく顔を上げる。
「予約の方ですね。保険証をお持ちですか?」
彼女の爪が、綺麗な桜色に塗られているのが目に入った。
こんな時なのに、「あ、綺麗な爪だな」なんて思う自分がいる。
その日常的な光景が、妙に眩しかった。

その何気ない日常会話を聞いた時、僕は自分が泣きそうになっていることに気づいた。
悲しいのではない。
「許された」気がしたのだ。

ここでは、誰も僕を怒鳴らない。
「もっと早くやれ」と急かさない。
「お前の代わりはいくらでもいる」と脅さない。

もう、戦わなくていい。
もう、強がらなくていい。
ここは、弱音を吐いていい場所なんだ。
「降伏」が許されるサンクチュアリ(聖域)なんだ。

その安堵感が、津波のように押し寄せてきた。

10. 受容 — 僕は「患者」になった

問診票を書き終え、待合室のソファに深く沈み込む。
周りには、数人の患者がいた。

スマホを見ている若い女性。
雑誌を読んでいるサラリーマン風の男性。
うなだれて床を見つめている老人。

彼らは、僕が想像していたような「狂った人たち」ではなかった。
叫び声を上げる人も、独り言を呟く人もいない。
ただ、疲れた顔をした、どこにでもいる「普通」の人たちだった。

待合室の棚には、絵本や雑誌が並んでいる。
一冊の絵本が目に入った。『ちいさいおうち』。
子供の頃、読んだことがあったな。
なぜか、その絵本の表紙を見ているだけで、涙が滲んできた。
あの頃の僕は、こんな大人になるなんて想像もしていなかった。

「藍沢さん」
名前を呼ばれる。
診察室に入る。
初老の医師が、穏やかな目で僕を見る。

僕は、堰(せき)を切ったように話した。
眠れないこと。食べられないこと。
駅のホームに吸い込まれそうになること。
上司の言葉が頭から離れないこと。
消えてしまいたいと思うこと。

検察官(真面目さ)が「そんな恥ずかしいことを言うな」と止める間もなく、言葉が溢れ出した。
医師はパソコンの画面を見ながら、時折頷き、静かに聞いてくれた。
否定もせず、激励もせず、ただ事実として受け止めてくれた。

そして、最後に言った。

「藍沢さん。今まで、誰よりも真面目に生きてきたんですね」
医師の声は、低く、穏やかだった。

「でもね、その真面目さが、今は自分を傷つける刃物になっています」
「もう、十分戦いました。これからは、戦略的撤退の時間です」

戦略的撤退。
その言葉が、僕の胸にストンと落ちた。
逃げるんじゃない。撤退なんだ。
生き延びて、また戦うための、作戦行動なんだ。

「休みましょう。診断書を書きますから」

その言葉は、判決だった。
「会社員失格」という有罪判決であり、同時に「休息刑」という執行猶予でもあった。

僕はその瞬間、正式に「うつ病患者」になった。
それは恐怖だったレッテルだが、実際に貼られてみると、それは僕を守る「鎧」のように感じられた。
「病気だから休んでいい」という、大義名分を手に入れたのだ。

11. 戦略的撤退 — 生存のための選択

会計を済ませ、クリニックを出る。
手には、白い封筒。
中には、「うつ状態につき、1ヶ月の休職を要する」と書かれた診断書。
そして、抗不安薬と睡眠導入剤の処方箋。

エレベーターで1階に降りる。
外の空気は、まだ湿気を含んで重かった。
雨が降り出している。アスファルトが黒く濡れている。

だが、来る時よりは少しだけ、呼吸がしやすかった。
肺の奥まで空気が入ってくる感覚があった。
道端の植え込みのアジサイが、雨に打たれて鮮やかに見えた。
「あぁ、もう6月も終わるのか」
そんな当たり前のことに、ようやく気づけた気がした。

僕は逃げたのかもしれない。
社会のレールから、外れたのかもしれない。
「普通の幸せ」というコースから、脱落したのかもしれない。

でも、僕は生きている。
今日、電車に飛び込まなかった。
明日も、飛び込まなくて済む。

この診断書は、ただの紙切れではない。
理不尽な現実(ライオン)から身を守るための、最強の「盾」だ。
そして、自分の人生を取り戻すための、反撃の狼煙(のろし)だ。

僕は駅のホームで、会社に電話をかけるために携帯を取り出した。
指はまだ震えている。
でも、その震えは、恐怖だけではなかった。
武者震いのような、微かな興奮が混じっていた。

「休みます」
たった一言。その言葉を言うために、僕はどれだけの時間を費やしただろう。

これは終わりではない。
長い、長い、「自分を取り戻す戦い」の始まりなのだ。
僕は今日、自分の人生の操縦席を、会社から奪い返したのだ。

次回、「診断書という名の武器」。

診断書を手に入れた僕は、翌日、上司のデスクの前に立っていた。
ポケットの中の紙切れが、異様に重い。
まるで、拳銃を一丁、隠し持っているような感覚だ。

あの恫喝する上司。
僕の心を壊した元凶。

足はすくむ。声は出ない。
だが、今の僕には「切り札」がある。

そしてあの瞬間、僕は初めて知ることになる。
「武器」とは、振りかざすものではなく——


この物語は先が長い。そのため、途中で迷子にならないように
連載を順番に読み切るための《しおり》を置いておく。必要なら取っておいて欲しい。

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「ここは《しおり受け取り口》だ。次の扉の案内が必要なときだけ送る。」