MSPで動く
ツリーを持って、たった1回、世に出す
── 最初の一歩と、その先に続く道 ──
1 / 7はじめに
3通目でツリーを作ってくれた君に、最後の手紙を送る。
ここまで、君はずっと「準備」をしてきた。最初の手紙でMSPに触れて、2通目で一文を磨いて、3通目で発信のツリーを作った。地図は、もう手元にある。
今日やることは、ひとつだけだ。その地図を持って、たった1回、世に出る。 今日、初めてひとつ、発信する。
今日やること
- 3つの怖さをほどく
- 種を1個、3行で世に出す
- 出したあと、現在地を確かめる
今日やらないこと
- 完璧な長文を書く
- 一気にファンを作ろうとする
- 反応がないと落ち込む
ただ、その前に、正直に言っておきたいことがある。
ここまで来た人のうち、実際に「最初の1回」を出せる人は、そう多くない。多くの人が、地図を作ったまま、出さずに止まる。「ツリーは作った。でも、まだ出していない」── この一番中途半端な場所に、半年も、一年も留まってしまう。
なぜか。意志が弱いからじゃない。脳が、君を引き戻すからだ。
97
止まる人
ツリーは作った。でも、まだ出していない ── 中途半端で苦しい場所に、半年〜数年留まる
3
出す人
たった3行でも、実際に世に出した人。13年で何人も見てきた
差は、才能でも準備量でもない。今日、3行を出したかどうかだけだ。
2 / 7脳の引き戻し
人の脳には、「変わるな」と引き戻す働きがある。いざ発信しようとSNSを開いた瞬間、君の頭の中で、こんな声がする。
「もう少し準備してから」
「あと1冊だけ本を読んでから」
「自分には、まだ早い」
これは、君の意志の問題じゃない。脳が、君を“慣れた安全な場所”に戻そうとしているだけだ。未知の場所より、見慣れた地獄のほうが、脳には安心なんだ。
僕も、これに何度も飲まれた。2017年に崩壊して7年返済していた間、ノートに発信したいことを100個書き出した翌朝、PCを開いた瞬間に「やっぱり今日は仕事を優先しよう」と思って、結局3年、何も書かなかった。
抜け出せた日は、特別に気合が入った日じゃなかった。「今夜、3行だけ書く」と決めた、ある夜だ。深夜の海沿いをドライブして戻ってきて、路肩で、3行だけ書いた。それだけだった。
脳の引き戻しは、根性じゃ越えられない。仕組みで越える。 だから今日は、できるだけ小さく、できるだけ具体的に動く。
3 / 7出す前に、3つの怖さをほどく
発信しようとすると、たぶん3つの怖さが出てくる。先に、ほどいておく。
実績がないと、発信できないんじゃないか
── 一番多い怖さ
自分語りで終わるのが怖い
── 痛いポエムになる不安
何者でもない自分に、価値があるのか
── 権威がない、という思い込み
実績がないと、発信できないんじゃないか
これが一番多い。でも、断言する。実績はゼロでいい。読者が見ているのは、雲の上の天才の自慢話じゃない。「この人は、私と同じ痛みを知っているか」だ。
僕はアフィリで稼いでいた頃、実績はあったけどファンは一人もできなかった。逆に、崩壊して借金600万を背負い、時給仕事で削られていた頃の話を後で書いたら、初めて「自分のことだ」と言ってくれる人が出てきた。
「今の自分が、3年前の自分に向けて書く」と決めること。それなら、実績はいらない。
自分語りで終わるのが怖い
過去の話をすると、ただの痛いポエムにならないか、と。痛い自分語りになるのは、「自分を見てほしい」で書くからだ。
そうじゃなく、かつての自分と同じ場所にいる誰かを救うために書く。誰かのために開く過去は、ポエムにはならない。
書く前に「これは、3年前の自分に届けたい話か?」と自問する。YESなら書く。NOなら、それは自己満足だ。
何者でもない自分に、価値があるのか
完璧な先生なんて、誰も求めていない。高い山の上から「登ってこい」と見下ろす成功者より、同じ泥道を半歩先で「ここ、ぬかるんでるよ」と振り返ってくれる人を、人は信頼する。
僕も先生じゃない。13年やった今でも人前は苦手だし、夜中に「あの返事、まずかったかな」と悶々とする。
「先生」じゃなく「先に歩いた同志」として書く。
4 / 7今日の課題:たった1回、出す
怖さがほどけたら、今日の課題だ。これだけ。
3通目で作った50の種から、1個選ぶ。それについて短く書いて、実際に出す。
800字も要らない。3行でいい。 X でも Facebook でも note でも、君がいる場所でいい。完璧さもいらない。反応がゼロでも、構わない。
大事なのは、中身の出来じゃない。「観客席」から「舞台」へ、半歩、足を出すことそのものだ。出した瞬間、君はもう、最初の手紙を読み始めた頃の君じゃなくなる。
種を1個、3行で、世に出す。
出せたら、今日はそれで十分だ。
5 / 7出したあと ── 現在地の答え合わせ
1回出せた君に、3つだけ問いたい。
出してみて(あるいは、出そうとして手が止まったとき)、正直に答えてみてほしい。
問1:「自分の本当の願い(根っこ)」を、ちゃんと言葉にできた感じがあったか?
多くの人 → 「まだ曖昧」 その先 = 自分を、もっと深く掘る
問2:出す前、手が止まったか?「まだ早い」「怖い」が出てきたか?
多くの人 → 「止まった」 その先 = 怖さを越える、土台
問3:これを3年、毎日続けている自分の姿が、リアルに想像できるか?
多くの人 → 「想像できない」 その先 = 続けられる、在り方と体
この3つは、失敗じゃない。
実際に一歩踏み出した人にだけ見える「次の地形」だ。
たぶん、多くの人がこうなる。問1は「まだ曖昧」。問2は「止まった」。問3は「正直、想像できない」。
それは、失敗じゃない。入口を通って、実際に一歩踏み出した人にだけ見える“次の地形”だ。地図を眺めているだけの人には、この3つは見えない。動いた君だから、見える。
6 / 7ここから先の話
正直に言う。
今の3つ ──「根っこがまだ曖昧」「出すのが怖い」「続けられる気がしない」── は、発信のテクニックをいくら磨いても、埋まらない。
なぜなら、それは「書き方」の問題じゃないからだ。
根っこが曖昧なのは、まだ自分を深く掘れていないから。
出すのが怖いのは、それを越えるための、勇気の土台がまだないから。
続けられないのは、毎日発信し続けられる自分の在り方や、体そのものが、まだできていないから。
つまり、ここから先は「文章の話」じゃなく、君という人間そのものを、ゆっくり作り替えていく話になる。
7 / 7終わりに
最初の手紙から、2通目、3通目、そして今日。
君は「MSPって何だろう」から始めて、自分の一文を磨き、ツリーを広げ、そして今日、初めて世に出た。
4日前の君は、「手紙を読んだだけの人」だった。
今日の君は、「実際に旗を立てた人」だ。
その差は、3行を出したかどうか。ただ、それだけだ。
僕にできるのは、ここまで。
ここから先は、君の歩幅で歩いてほしい。また、手紙で会おう。
ここまで読んで「よし、出そう」と思った人の多くは、今夜も出さない。僕も、そういう人間だった。
抜け出せた人が最初の夜にやったのは、たった一つ。「今夜、3行だけ書く」と決めたことだ。今夜、君にやってほしいのも、それだけだ。3行書いて、明日の朝、自分のスマホに下書きが残っていたら、それが君の「動いた」証拠になる。
3 行 でいい。
3通目で作った種から「いま一番、語りたいテーマ」を1個選び、
3 年 前 の 自 分 に届くように、3行だけ書いて、出す。
自分のスマホに、出した投稿(か下書き)が残っていたら、それが君の 「動いた」証拠 だ。
いつか届く。
機能じゃなく、
生き様で繋がった
誰かからの、最初の一行。
13年やった僕でも、最初の返信が届いた夜の感覚を、今でもふと思い出して、まだ少し震える。その感覚を、君も、すぐ味わうことになる。
ただし、今夜、3行書いた人だけだ。
──また、手紙で会おう。
──藍沢
